獄中の元キャバクラ嬢から薬局への手紙

仕事帰りにしょっちゅう立ち寄っては、ただ雑談だけして帰っていくキャバクラ嬢がいた。明るい子だった。ところが、しばらく顔を見せない期間があり、どうしたんだろうと思っていると……ある日、突然手紙が届いた。それは、刑務所からだった。

福田智弘『深夜薬局』(小学館集英社プロダクション)
福田智弘『深夜薬局』(小学館集英社プロダクション)

封を開けてみると、手紙には覚醒剤使用で逮捕されて服役中であること、そして自分の無実を訴える内容が書かれていた。「罠にハメられたんだ。ホテルでお酒にクスリを入れられたんだ」と。

彼女はキャバクラではたらいているとき、元カレの詐欺犯罪に巻き込まれて一度逮捕されている。そのときは執行猶予がつき、引きつづきキャバクラではたらいていた。

ところがアフターで、あるお客さんとホテルに行ったところ、お酒に覚醒剤を入れられてしまう。頭がぐるぐるして気持ちが悪い。「これはおかしい」と思い、ホテルから飛び出た瞬間、警察に肩を叩かれた。執行猶予中の犯罪だったためそのまま実刑が下された。

「だけどわたしはホントに2件ともシロなんだ」

そんな話がつづられていた。

その後中沢さんは、10通ほど彼女と手紙のやりとりを交わした。もちろん、すべての手紙で、ただ無実を訴えられたわけではない。反省や後悔がつづられているものもあった。とにかく「自分の気持ちを伝えたい」「刑務所内で起こったできごとを話したい」「だれかと、言葉のやりとりをしたい。つながりたい」そんな彼女の、さまざまな思いがこもった手紙だった。

もし、自分が刑務所に入ったとしたら、いったいだれにその思いを伝えようとするだろう。家族か、恋人か、親友か……「友人」程度の相手には、おそらく筆は取らない。ときどき一緒に遊ぶくらいの仲だったら、遠慮してしまうのではないだろうか。ましてや、「よく通っていた薬局のひと」なんて、普通なら、候補にも上がらないだろう。

しかも、刑務所から受刑者が出せる手紙の枚数は、基本的には1カ月に4通(半年問題なく過ごすと5通)。1回につき2通まで、1通につき7枚までなど厳しい制限がある。その貴重な1通を使ってだれに自分の声を届けたいか? そう考えると、決して適当な、薄いつながりの相手ではないとわかるだろう。むしろ世の中に、こんなに思いのこもった84円切手はないかもしれない。

彼女にとって、その1通を使う相手が中沢さん、「よく通っていた薬局のひと」だったのだ。