必要な事業は、目の前の仕事の延長線上にある

一方、事業を生み出す側から見れば、挑戦するための課題意識や当事者意識はどこからやってくるのか。ここに同社が本業の不動産業を通じて培ってきた最大のアセット「お客様とのリレーション」が存在しています。

「事業の種は、常に現場にある。全てのスタッフが、当社のコアアセットである“顧客とのつながり”をベースに、感じたことを“事業”という形にするため、より声を上げる仕組みが新事業創造の制度だと考えています。新事業創造は一部の人のものではなく、全員のものです」(小林氏)

例えば、既存の顧客、既存の事業をよりよくする、という全社員に課せられていることを、徹底して考えてみる。今をより深く考えすればこそ、そこには時代の変化に伴い今の事業だけでは満たされない不足が見出され、「事業開発」という行為が必ず必要になってくる、ということです。

こうした考えから2021年度、社内事業提案制度は三菱地所本体だけではなく、広くグループ会社にもアイデアを募るべくリニューアルし、本取り組みに賛同するグループ会社の社員も対象に広げています。

早速、この春から公募を開始し、新制度“MEIC(Mitsubishi Estate Group Innovation Challenge)”として立ち上がりました。急速に変化する市場の中でも、「長期経営計画2030」で目指す「感動的な時間と体験」を顧客に提供すべく、従来の枠にとらわれず柔軟な発想による価値の創出を目指すものとして刷新されたということです。

本来の業務に真面目に向き合えば向き合うほど、生まれてくる新事業創造への意欲と想い。そしてその想いを俊敏に形にするものとして、同社の事業創造のプロセスは形成されているのです。

その仕事、「心」と「数字」はつながっていますか

私は拙著でも述べたように、事業プロデューサーに必要なのは「数字」と「心」だと考えています。

まず何事も事業として実行する以上、「数字」のマネジメントは免れません。

三木言葉『事業を創るとはどういうことか』(英治出版)
三木言葉『事業を創るとはどういうことか』(英治出版)

この点においても三菱地所では、入社後10年間のキャリアにおいて、不動産業本来のプロジェクトからいかなるものにも通じる事業開発の基礎が、徹底して叩き込まれるよう組まれています。その過程を通じて、プロジェクトマネジメントに必要な全般的な知識に加え、事業の「数字」をしっかりと抑えるためのスキルも身につけていくのです。

そして望ましい「数字」、つまり「売り上げ」「コスト」双方を適正にマネジメントし「利益」を作り出すためには、関係者間の温度あるつながり、「心」の想いが合い、一体となり粘り強く未来へ走っていく状態を作り上げることこそが重要だということも学ぶのです。そこに未来の事業創造を担う事業創造家ことビジネスプロデューサーが誕生します。

企業経営を行う上で「数字」のマネジメントを丁寧に行い、理想とする財務諸表を目指して走っていくことは基本です。だからこそ、今見えている本業や既存の事業をしっかりやる必要があります。

しかし新規事業は一部のスタッフだけが担当といった企業も多く存在しています。また会社という組織に属していると、従業員自身も、新しいことは自分のことではないと感じ、意図的に目先に見えている決まったことだけをやろう、そうでなければならないと考えている場合もあるでしょう。

しかし、現在の顧客や本業に徹底して真摯に向き合う。それは何らかの事業に関わっている以上、誰しもに求められることであり、またそれこそが、事業創造の原点です。なぜなら、既存のことも、新しいことも、全ては人間同士の繋がりの中で生まれることであり、「心」と「数字」が適正につながらなければ、望ましいプロジェクトにはつながりづらいからです。