コロナ禍で生まれた広告業界の「暗黙の了解」

感染防止拡大の観点から提唱された「新しい生活様式」は、広告制作の現場にも影響を及ぼしました。広告業界ではさまざまなガイドラインが作られています。その内容には制作現場のスタッフや出演者を守るものはもちろん、「世の中の空気に沿わない表現をしないため」の暗黙の了解も含まれています。

例えば、こんな内容です。

・大人数が集まる表現(飲み会、居酒屋、スーパーマーケットなど)には感染リスクがあるため、注意が必要である
・新型コロナの感染拡大に伴い、亡くなった方もいるため、「おめでとうございます」「お祝いです」といったメッセージには配慮が必要である
・同じ空間内に2人以上の出演者がいる表現は、感染リスクがあるため、配慮が必要である

これらのさまざまなガイドラインを背景に、テレビでは遠隔出演が一般的になり、音楽ライブイベントは中止あるいはオンライン配信に替わっていきました。報道は新型コロナ一辺倒です。世間の空気は「正論」一色となり、新型コロナ陽性者はバッシングされ、感染リスクも顧みずに里帰りした人は非難を免れません。そして、高校生たちが明るく元気に歌い、踊るテレビCMはネットで炎上しました。

論理的に考えれば、新型コロナの感染リスクを下げるにはできるだけ外出を避けるのが正しいし、飲み会に行っている場合ではない。私自身もそれが正しいと思っているし、社会のルールに従っているのだけれど、心の奥底では納得できず、不満に思っている。どこか無理やりに不条理を押しつけられているような心持ちがそこにはあったのです。

そして始まった新CMの制作では

こうした中、エステーの冷蔵庫用消臭剤「脱臭炭」のテレビCMの制作がスタートします。打ち出したメッセージは「不条理な心を溶かすために、何気ない生活を楽しもう」です。広告クリエイティブでは底抜けに明るくて、能天気。見てくださった方がほんの少しでも、不条理な気持ちから解放されるようなものにしよう。そう思って制作したテレビCMはこんな内容でした。

出演者の元モーニング娘。の高橋愛さんと田中れいなさんが、部屋の中で楽しそうに食事をしています。舞台は、高橋さんが投稿したSNS「インスタグラム」からヒントを集め、ご自宅を再現したものです。高橋さんの家に、田中さんが遊びに来たという設定です。

「愛ちゃんって得意料理とかあるの?」

「うん、冷やし豆腐にキャビアを添えて、かな」

「フランス料理?」

「発酵させたビーンズにネギを添えてとか」

「それ、納豆だよね」