薬物に関しては「ダメ。ゼッタイ。」「手を出すと廃人になる」というメッセージが繰り返し伝えられてきた。しかし専門医の松本俊彦さんは「そうした理解は間違っている。薬物を一時的にやめた人は“まとも”に見える」という――。(第1回/全2回)

※本稿は、松本俊彦『誰がために医師はいる クスリとヒトの現代論』(みすず書房)の一部を再編集したものです。

「ダメ。ゼッタイ。」の横断幕を持って歩く区長ら
写真=時事通信フォト
2010年1月20日、東京都港区と警視庁が共同開催した「港区薬物乱用防止キャンペーン」でパレードする武井雅昭区長(中央)ら(東京・六本木)

カメラの前で謝罪し、落涙した有名女優

2009年の夏、世間は一人の女優の薬物事件に騒然とした。

「うさぎって寂しいと死んじゃうんだから」という名セリフで知られる清純派女優と覚せい剤という組み合わせの意外性、それから、火曜サスペンス劇場さながらのスリリングな逃避行が相まって、事件報道は異様な過熱を見せた。

ワイドショーは連日その女優に関する話題で持ちきりとなり、週刊誌やスポーツ新聞も多数の憶測記事を書き立てた。

そしてこの劇場は、保釈後会見で大団円を迎えることとなる。いま振り返っても、会見での女優のふるまいは見事だった。神妙に目を伏せた顔は、それまで留置所にいた人間とは思えないほど美しく、毅然きぜんと謝罪する態度には神々しいオーラさえ漂っていた。

落涙のタイミングも絶妙だった。謝罪のために頭を下げた姿勢のときに涙滴を落下させれば、マスカラが溶け出して「パンダ目」になることもない。まさに女優の面目躍如だ。ちなみに、芸能リポーターの故・梨元勝の観察によれば、会見中に彼女が落下させた涙は22滴であったという。

あの会見で、女優は多くの人に「自分は依存症までにはなっていない」ことを印象づけるのに成功した。なぜなら彼女の毅然とした美しさは、人々が抱く依存症者のステレオタイプとは似ても似つかなかったからだ。しかし、意地悪くも私は勘ぐってしまうのだ。この会見に落胆した人もいたのではなかったか、と。