脳死状態に陥った留学生

ソナムさんはパン工場で週3日、他にも弁当工場で週3~4日の夜勤に就いていた。さらに日中のアルバイトもやり、日本語学校の授業に出席する。まさに寝る間もない生活だ。

そんな暮らしを1年も続けた末、ソナムさんは結核性髄膜炎ずいまくえんを発症した。そして脳死状態におちいったのである。

この頃、ブータン人留学生の間では、結核を発症する者が相次いでいた。その数は、私が確認しただけで30人に上った。ブータンでは結核の感染者が少なくないが、発症には免疫力の低下などが影響する。日本での暮らしが発症を促した可能性は高い。

ブータン人たちは日本語学校の狭い寮で共同生活を強いられ、しかも夜勤のアルバイトに明け暮れていた。

自然豊かなブータンで生まれ育った彼らには、まさに想像を絶する生活だ。しかも借金があるので、母国へ逃げ帰るわけにもいかない。肉体的にも精神的にも、どんなにつらかったことか知れない。

ブータン人留学生の自殺で真実が次々明らかに

私は、ブータン人留学生たちへの取材を2018年3月から始めていた。そして同年8月、外国人労働者問題を連載している新潮社の国際情報サイト「フォーサイト」に、「学び・稼ぐプログラム」のデタラメぶりと日本で苦しむ留学生たちの実態を寄稿した。ソナムさんが病に倒れる前月のことである。

しかしブータンのみならず、日本の一部大手メディアまでもプログラムを礼賛らいさんし続けた。まるで拙稿の内容を打ち消そうとするかのように、留学生の送り出しに深く関わった現地日本語学校の日本人経営者を持ち上げたり、留学生たちは皆、日本で幸せに暮らしているといった報道ばかりなのだ。

流れが変わったのは18年12月、ブータン人留学生の1人が、福岡で自殺してからだ。青年は借金返済に苦しみ、将来を悲観して自ら命を絶ったと見られる。

この事件は、ブータンで大きく報じられた。すると、それまで政府に遠慮して批判を口にしていなかった留学生の親たちが真実を語り始め、プログラムを進めた業者や政府担当者への責任追及の動きが起きていく。

そして斡旋業者の経営者に加え、プログラムを推進した政府高官も逮捕されることになった。