飲兵衛の淡い希望まで奪われた
私は居酒屋難民である。
いや~酷いことになった。4月25日に3回目の緊急事態宣言が発令されてから、居酒屋依存症の私は、気も狂わんばかりである。
今回は午後8時まで営業してもいいが(もちろん休業が望ましい)、酒は一切出してはならぬというお触れが回った。そうはいっても、お上のいうことに従わず、酒を出すところぐらいあるだろうと高をくくっていた。
週に2回ほど居酒屋の暖簾をくぐるのは、夫婦円満を大切にしているからである。コロナ感染拡大で、外で食べる機会も減り、出前を取って家飲みが増えた。顔を突き合わせて酒を飲めば、何かの拍子に過去のよしなしごとをめぐって諍いが起きることは必定。それを避けるための“シェルター”として、私には居酒屋が必要、不可欠だったのである。
緊急事態宣言は、そんな飲兵衛の淡い希望まで奪い去った。
ゴールデンウィークも中日に差し掛かる憲法記念日の夕方、禁断症状が出た私は、片っ端から酒を飲める店を探した。
久しぶりに鰻か蕎麦で一杯やりたいと思い、麹町の鰻屋と室町の蕎麦屋へ電話した。どちらも席はあるが、申し訳なさそうに「酒は出せません」という。
おいおい、鰻の焼ける間に肝焼きで一杯というのが決まりではないか。板わさとノリでちびちびやりながら、シメに冷たいモリを二枚たぐるのが蕎麦っ食いの本道じゃないのか。
「上野なら」と思い立ったが…
頭に血が上った私は、『太田和彦の居酒屋味酒覧』(新潮社)を引っ張り出してきて、東京の“名店”に電話をかけた。
ゴールデンウィーク中だから、多くの店が休んでいることは百も承知だが、居酒屋の中には年中無休なんてところもある。
森下の山利喜はやっていたが、「うちは今は定食屋です」。中野の「らんまん」も定食屋と化していた。「第二力酒造」は11日まで全休。早稲田のおでん屋「志乃ぶ」は、緊急事態宣言が明けるまで休み。
どいつもこいつもお上のいいなりになりやがってと怒っても、いかんともしがたい。
「そうだ上野へ行こう」
なんたって上野は西郷隆盛の銅像のある町。「お上なんかのいうことなんぞ聞けるか」という気風の残る下町である。アメ横は変わらず人が出ているとニュースでもやっていた。