最大のハードルは「不自然さ」への恐れ
日本でも東京大学が、日清食品ホールディングス(HD)、科学技術振興機構(JST)と共同で、牛から採取した細胞を培養して、ステーキ肉をつくる研究を進めている。筋肉の細胞をコラーゲンを混ぜた液の中で培養し、長さ1センチ程度のサイコロステーキ状の筋組織をつくることに成功した。
もちろん、ステーキ肉は筋肉や脂肪、血管など多くの組織によりできている。今後は、脂肪も一緒に培養して大きくする技術などを開発し、本来の肉に近づける方針だ。
2040年、世界の食肉市場は1兆8000億ドルとなり、うち35%を培養肉が占めるとの見通しがある。
培養肉が定着するかは、何といってもまず、コスト低減だ。たくさんつくれることがカギになる。そのためには、現状からもう一段の技術開発が必要だ。
しかしながら、一番のハードルになるのが、消費者が培養肉という人工物に対して「不自然さ」を抱くことだろう。商品化しても不安を抱かれれば購入してもらえない。
「培養肉に関する大規模意識調査」の結果によると、「培養肉を試しに食べてみたい」との回答は27%にとどまっている。ただ、培養肉が環境負荷の軽減や食料危機の解決に貢献する可能性があると情報を提供すると、その割合は50%まで増えた。
現時点では、多くの人にとって地球規模の食料問題や温暖化問題は、遠い世界の出来事に思えるかもしれない。しかし、全世界の人口増は確実に訪れる未来だ。世界を取り巻く状況を考えれば、テクノロジーによる新しい取り組みが普及するはずだ。
水産業で期待される「ゲノム編集魚」
肉と並んで重要な食品といえば魚だ。マグロやサケ、エビなどで培養肉の開発が進んでいる。だが現時点では、牛肉に比べると完成度が劣る。シンガポールでショーク・ミーツ社が開いたエビの培養肉の試食会では、ほとんどの人が味の完成度の低さに食べることができなかったとの報告もある。もともと、肉は飼料に莫大な環境負荷がかかるが、魚類はそこまででもない。
ただ培養魚は、魚の乱獲を防ぐことが期待されている。水産物は全体の3割が過剰に漁獲されていて、水産業の持続の可能性が危うくなっている。魚肉の培養肉は、5~10年後への実用化が見込まれている。
魚の分野で期待が高まるのは、ゲノム編集、つまり遺伝子組み換え技術だ。
ゲノム編集は特定の遺伝子を組み換え、その機能を変える技術だ。医療分野のみならず、穀物や野菜、魚などの食料を改良する技術としても世界的に関心が高まっている。しかも、ちょっとした機能をピンポイントで素早く変えられる。たとえば、魚の遺伝子のある部分をピンポイントで変えることで、一匹あたりの肉の量や栄養を高められる。気候変動にも魚の生育が左右されなくなる。
たとえば、京都大学では筋肉の量を抑える機能を壊し、肉の量を多くしたマダイや短期間で肉厚に成長するトラフグなどの開発が進められている。