手紙は、「こんなわたしなんか、妻として、母親として資格なんかないのです。みんなのそばにいない方がいいのです」と結ばれている。多重債務という家計管理責任からの逸脱が、妻・母親としての「資格」喪失という自己否定に直結するものとして認識されており、そうであるがゆえにこの女性は「家出」を選択しなければならなかった。

「家族の戦後体制」の下で主婦が担っていた家計管理責任の負担が、多重債務を抱えた女性に家出を選択させる一因だった。

13カ月目の自殺を選ぶ男性

再び図表3に戻って男性について見ると、1978年に借金苦で自殺した180名のうち、90%に当たる162名は男性で、自殺に追い込まれた債務者には圧倒的に男性が多かった。

自殺した男性の四割以上がギャンブルを理由とする借金に苦しんでいたから、半ば自暴自棄に陥って自死を選択した者も少なくなかったと推測される。

だが、男性による自殺の要因は、ギャンブル依存に伴う異常な精神状態だけに帰せられるものではない。男性の自殺者が多い背景には、生命保険の設計上の問題や、「男らしさ」に関わる性規範の存在など、いくつかの要因が複合していた。

1970年代後半の団体信用生命保険(団信)の導入についてはすでに触れた。だが、サラ金利用者の大多数は、自分に生命保険がかけられているとは知らなかった。借入契約を結ぶ際に、団信に関する説明がほとんどなかったからである(中川2006)。

そのため、1980年代の借金苦による自殺者の中には、団信とは別に自ら生命保険に加入し、免責期間である契約後12カ月が経過するのを待って自死したと思われる例が少なくなかった。保険業界で言うところの「13カ月目の自殺」である。

「13カ月目の自殺」の未遂者の証言

たとえば、「13カ月目の自殺」で亡くなったある自営業の男性は、債務不履行を苦に自ら命を絶ち、保険金を使って債務を整理するよう遺書で指示していた。この男性の遺族にNHK取材班がインタビューを試みた際、遺された妻は、自殺した夫に対する心境を次のように語っている。

「ありがたかったです。債権者の人からも銀行や同業者の人からも「男の中の男やったなあ」とほめられました。(中略)あの人は予科練の出身でしたもんね。最後は死んでも私らのためになろうとしたんです。潔くて勇気のある人でした」(NHK取材班・斎藤1986

夫が自殺してくれて「ありがたかった」。遺された妻の言葉は、いささか衝撃的である。

しかし、この発言を取材班から聞かされた別のある男性は、自らも「13カ月目の自殺」の未遂者だったため、次のように理解を示していた。

「遺族の方の気持ちは、正直なところだと思う。私だってあのように思われたいという気持があったからこそ、自殺を考えたんですからね。潔い日本男子でありたかったんですよ」