“夢のある話”というほど簡単ではない
実は「文系の宇宙飛行士を」という話は、長年言われてきたことでもある。宇宙での体験が人の心に与える影響、人類や文明にもたらすもの、などを自然科学系出身者とは違った視点で表現してくれることへの期待があるからだ。
JALやANAなどのパイロット採用では出身学部を問わないことも、文系へ門戸開放をすべきという論拠のひとつになっている。
とはいえ、JAXA内部でも文系出身を認めるかどうかは決めきれていない。「パブコメで皆が賛成するかどうかによる」とJAXAは言う。
もし実現すれば応募者の裾野が広がり、多くの人に希望を抱かせることにもなるだろう。だが、話はそう簡単ではない。飛行士の仕事のかなりの部分は、自然科学系の知識が求められるからだ。特に宇宙での故障、トラブル、身体の変調などに迅速に対応できないと、自分や同僚飛行士の生命を危機にさらしかねない。
米ロシアで文系出身者はいないのに…
JAXAによると、米国やロシアで文系出身の飛行士はいない。今年2月、新たな飛行士募集を3月末から開始すると発表したESAも、自然科学系出身者であることを条件にしている。軍などのテストパイロット経験者はそれ以外でも応募可能だが、あくまで自然科学系が大前提だ。
今回の募集目的である「ゲートウェイ」は、米欧日本などが国際協力で進めている。ISSよりもはるかに規模が小さく、滞在できる飛行士も日数も少ない。その分、一人ひとりの飛行士の責任は重く、知識や技術が求められる。
そもそもゲートウェイへ飛行できるかどうかは、明確な基準が示されておらず、どれだけ米国の計画に貢献するかで決まると言われている。その意味でも、いきなり日本だけ文系へと切り替えるハードルは高そうだ。
JAXAは「初回の募集は狭い範囲になるかもしれないが、さまざまな飛行士、人材を増やしていきたい。そのためにも、パブコメは、自分の子どもが応募する際の条件でも良いし、若い世代からの意見も歓迎する」と言う。
前澤氏のような商用飛行も今後増える
今、飛行士の募集で注目を集めているのがESAだ。自然科学系出身者という基本路線は崩さないものの、今回初めて身体に障害がある人も「パラアストロノート」として募集しているからだ。多様な人材を確保することで、宇宙開発のあり方を見直すことにつながると考えているようだ。
宇宙飛行の世界は民間を中心に、変化が出ている。ISSでも、ロシアが有償の商用飛行を何度も実施している。NASAも民間人の有償飛行を受け入れる方針を打ち出している。3月3日には、実業家の前澤友作さんが、月へ飛行する米企業の宇宙船に前澤さんと同乗する8人を募集すると発表した。こうした動きは、文系の人を宇宙へ送り出す動きを加速する可能性がある。