“消えた”企業家たちの「政商」という共通点
2012年3月に逮捕されたのが大連実徳集団の徐明(シュー・ミン)だ。徐は薄熙来(ボー・シーライ)重慶市委書記の後ろ盾によって会社を成長させてきた。同年2月に薄が失脚すると、汚職容疑の捜査のために周も逮捕された。
その際、薄熙来とつながる周永康(ジョウ・ヨンカン)中国共産党政治局常務委員の支持で動いた武装警察隊と人民解放軍が、徐の身柄をめぐって、北京市であわや銃撃戦という一触即発の事態に陥った。
呉小暉、肖建華、徐明という、代表的な“消えた”企業家を紹介してきたが、彼らはいずれも政商という顔を持っている。
拙著『現代中国経営者列伝』(星海社新書)では1980年代以降の中国経済を「明治維新と高度経済成長が一緒にやってきた」お祭り騒ぎの経済として論じている。高度経済成長はともかく、なぜ明治維新か疑問に思う方もいるだろう。
それは社会主義経済から自由経済への移行にあたり、国有企業の払い下げや新たなビジネスの認可のため、政治と太いつながりを持った企業が成長したことを意味する。お上主導で民間企業を育成し、政界とパイプを持った者が大企業を作り上げていくさまは、明治維新と類似しているからだ。
中国には「保護傘」「白手套」という言葉がある。前者は自分とつながりがある企業家を守り育てる、後ろ盾となる政治家を意味する。後者は背後に隠れた政治家の蓄財を助ける表の顔となる企業家を指す。「保護傘」と「白手套」はセットとなる存在だ。
こうした大きくなった「白手套」は「保護傘」が権力を失う、あるいはその怒りを買って庇護されなくなれば、失脚し財産を失うという末路をたどる。こうして“消えた”企業家は中国では量産され続けてきた。
「政府と恋愛してもいいが、結婚してはならない」という方針
ジャック・マーをはじめとする民間IT企業の経営者は、上述のような政商とは一線を画する。
というのも、政治との太いパイプがビジネスの拡大につながるのは、土地の取得のために政府とのつながりが必要となる不動産や、監督官庁の強い規制にさらされている金融が中心だ。少なくとも2000年代後半以降に急速に台頭してきた、数々の大手IT企業からは「保護傘」の失脚にともなって“消えた”企業家は見受けられない。
もちろん、IT企業は中国政府及び中国共産党とは一切の関わりを持っていない……などという話ではない。企業が大きくなるにつれ、政府との結びつきは必然的に生まれる。2018年には中国官制メディアの報道により、ジャック・マーが共産党員であることが確認された。
また企業と地方政府のつながりもある。アリババグループでいうと、関連の金融企業アント・グループが提供している消費者金融サービスは、重慶市に設立された金融子会社が提供している。
アリババグループの本拠地は浙江省杭州市にあるが、重慶市の黄奇帆(ホワン・チーファン)市長(当時)がフィンテックを強く支持し、ABS(資産担保証券、融資残高を債権化しての資金調達)によるハイレバレッジの経営手法を認可したことが要因だ。この手法は後にリスクが高いとして中央官庁の窓口指導により是正される。地方政府とのつながりによって、グレーゾーンにあたるビジネスモデルを展開できたとの見方はできよう。
こうした権力とのつながりはあるものの、少なくとも現時点では政治家の汚職につながるような問題は発覚しておらず、有力企業を誘致しようとする地方政府と規制のぎりぎりを突くビジネスを展開しようという民間企業という関係にとどまる。
ジャック・マーはかねてより「政府と恋愛してもいいが、結婚してはならない」との言葉を繰り返している。政府と一体になることは経営にとってむしろリスクとの認識を示したものだ。「保護傘」の力を借りれば、一時は強みになるが、その権力が動揺した時には手痛いしっぺ返しを受けかねないと見こしていたわけだ。