日本の基準値は信じられないほどゆるい

検出された数値の単位はppb/g(ng/g〔ナノグラム〕)、つまり検体1g当たり10億分の1gである。10ng/gでも、競技用のプールにインクを1、2滴垂らした程度の濃度だ。

な~んだ、そんな微量なのかと思うかもしれないが、実は図表1に示したこの数値、EUやカナダ、台湾、韓国などに輸出すれば検疫ではねられるほど高いのだ。それがなぜ日本のスーパーでは売られているのかと言えば、EUなどにくらべ、日本の残留基準値の設定が信じられないほどゆるいからだ。

EUの残留基準値が低いのは、お茶を生産していないからだという意見もあるので、同じようにお茶を生産している台湾のそれと比べてみた。すると、ネオニコの中でもチアクロプリドは600倍、チアメトキサムは20倍、アセタミプリドは15倍……というふうに、やはり日本の基準値は信じられないほどゆるい。

数年前にフランスで取材したとき、立ち寄ったスーパーの棚で見た日本産茶葉のほとんどが無農薬だったことを思い出す。

通常の栽培法ではEUに輸出できないのだろう。このため農水省などは、お茶などを輸出用に栽培するために「輸出相手国の残留農薬基準値に対応した病害虫防除」というマニュアルをつくっているほどである。

急性中毒におちいる場合も

ゆるくても基準値内だから安全なんでしょ?

男性
写真=iStock.com/Tom Merton
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そうかもしれない。しかし、池中氏は言う。

「最大でも厚労省が許可した濃度の8分の1ですから、ある一定量を飲んでもおそらく大丈夫だろうということになるのですが、一方で、多量に摂取することによる急性中毒例はかなり報告されていて(*3)、その症状については多い順に、呼吸困難、昏睡こんすい頻脈ひんみゃく、低血圧、吐き気、嘔吐おうと、発汗などがあります。これらの急性中毒例を見ると、ネオニコには神経系に作用する毒性があることが分かります」

「神経系に作用する毒性」とは発達神経毒性のことだろう。

胎児期から幼児期にかけて化学物質に触れることで起こる神経系への有害作用で、たとえば、農薬による自閉症スペクトラム障害や注意欠陥・多動性障害(ADHD)などの発達障害への影響が研究されつつある。

こうした病気に農薬が関係していると言われているが、残念ながら、日本では、胎児期に曝露されたら成長過程でどんな影響があるかという発達神経毒性試験が義務付けられていない。もっとも、任意ではある。ただ、その試験は古典的というか、極めてお粗末であることはのちに詳しく述べる。

ちなみに、アメリカでは発達神経毒性の試験は義務付けられている。

*3 平久美子「ネオニコチノイド系殺虫剤のヒトへの影響―その1:物質としての特徴、ヒトにおける知見―」『臨床環境医学』21:24-34(2012)ほか