“なんとなく”では適切に動けない
言われたとおりに行動することの難しさの一つは、「言葉に表れていること以外にもさまざまなことを考慮しなければ、言われたことを適切に実行できない」という点にあります。
たとえば、「コップに水を入れて」というのは、私たちにはとても具体的で簡単な指示であるように思えます。しかし、いざこれを実行しようとすると、意外な複雑性が絡んできます。
その複雑性の説明に移る前に、この指示自体にも曖昧さがあることを押さえておきましょう。「コップ」には、一つのコップなのか、複数のコップなのか、コップであればどれでもいいのか、特定のコップのことなのかなどといった曖昧さがありますし、「水」もペットボトル入りのミネラルウォーターなのか水道水なのか、やかんに入った水なのか曖昧です。
「入れる」にしても、どれくらいの量を入れればいいのか明確ではありません。このあたりの曖昧さを解消するには、常識や文脈、話し手についての知識などを考慮しなければなりません。
ここでは一応、そのあたりの曖昧さは解消されており、「特定の一個のコップに、水道水を、コップに入る量の3分の2ほど入れる」という指示者の意図が分かっていると仮定します。
シンプルな行為に「付随する仕事」
指示者の意図がここまで詳細に分かれば、「コップに水を入れて」という指示に従うのは簡単であるように思えるかもしれません。しかし、もしコップが汚れていたり、コップの内側に虫が止まっていたりしたらどうでしょうか。
きっとたいていの人は、そのまま水を入れることはせず、コップを洗ったり、コップから虫を追い出したりするでしょう。つまりここで、「コップに水を入れる」という行動とは別の行動が必要になります。
また、コップをつかむときには、コップを落とすほど弱くつかんではいけませんし、逆にコップが割れそうなほど強くつかんでもいけません。水道水をコップに入れるときにも、もし近くに水に濡れてはならないものがある場合は、水が飛び散らないように気をつける必要があります。
つまり、コップに水を入れるという行為に伴って、さまざまな「望ましくない結果」が起こらないようにすることも考慮しなければなりません。
このように、「コップに水を入れて」というきわめてシンプルな指示を実行する上でも、ただ言われたことだけをすればいいというわけではなく、それに「付随する仕事」が発生したり、「気をつけるべき点」が出てきたりします。
「卵焼きを作れ」とか「洗剤を買ってこい」のようなより複雑な指示の場合には、そういった「付随する仕事」や「気をつけるべき点」が増えるのも想像に難くないでしょう。