旧ソ連圏で外交退潮

職業外交官出身のラブロフ外相は2004年、国連大使から外相に抜擢され、ロシア外交の大黒柱になった。「ミスター・ニエット(ノー)」といわれた旧ソ連のグロムイコ外相の任期18年を追い越す勢いだ。この間、国際舞台で多極的な世界秩序を訴え、ウクライナ領クリミア併合を正当化し、欧米の制裁外交に立ち向かい、中露蜜月を演出した。渡り合った米国務長官は、パウエル長官、クリントン長官ら計6人に及ぶ。

とはいえ、ロシアの強硬な国益優先外交では、中国以外に友好国はできなかった。今夏以降、ロシアの盟友・ルカシェンコ大統領の退陣要求デモが続くベラルーシ情勢、トルコが本格介入するアルメニア・アゼルバイジャン紛争、親露派大統領が反政府デモで退陣したキルギス情勢など、「近い外交」と呼ばれる旧ソ連圏でロシアの退潮が目立つ。2014年のウクライナ危機以降、ロシア外交の国際的孤立も深まった。外相交代で目先を変えるチャンスかもしれない。

KGBでプーチン大統領の後輩とされるナルイシキン氏

英国のロシア専門家、マーク・ガレオッティ・ロンドン大学名誉教授はドイツに拠点のあるネットメディア「IntelliNews」(10月22日)に寄稿し、「70歳になったラブロフ外相は退陣を望んでいる。プーチン大統領は側近の退陣を拒む傾向があるが、今回は外相交代の強力な兆候が出ている。ロシア外務省のスターリン建築は、16年ぶりに新しい主人を迎えることになりそうだ」とし、後継候補として、ナルイシキンSVR長官やドミトリー・コザク副首相を挙げた。

旧ソ連国家保安委員会(KGB)でプーチン大統領の後輩とされるナルイシキン氏は、サンクトペテルブルク出身で、クレムリン最大派閥・サンクト派に所属。大統領の信任が厚く、下院議長も務めた。対外スパイ組織トップが外相になるのは異例だが、長官はこのところ、トルコの南カフカス地方進出や米国のモルドバ干渉を憂慮する声明を出すなど、外交発言が目立っている。

コザク副首相もサンクト派だが、KGBではなく、ペテルブルク市庁舎で法律顧問を務めて大統領と親しくなり、政権に招かれた。副首相として、北カフカス地方のテロ対策や併合したクリミアの民生向上など、大統領直々の要請で戦略部門を担当し、「プーチンの懐刀」と呼ばれた。交渉能力はあるが、外交経験はない。

外交・安全保障は大統領の専管事項

この二人の最大のネックは米政府や欧州連合(EU)から制裁対象となり、入国を禁止されていることだ。2014年のウクライナ危機以降、欧米諸国が断続的に強化したロシア要人への制裁で二人も対象となった。外相に抜擢する場合、欧米に制裁緩和を求める複雑な交渉を強いられる。

このためガレオッティ氏は、外務省から昇格する可能性もあるとし、EU専門家のウラジーミル・チトフ第一外務次官、米国や軍備管理に詳しいセルゲイ・リャブコフ外務次官、中国専門家のイーゴリ・モルグロフ外務次官の名を挙げた。

ただし、外交・安全保障は大統領の専管事項であり、誰が外相になってもプーチン外交の基本は変わらない。「ラブロフ外相はクリミア併合やウクライナ東部介入などの戦略決定には加わっていない。そこから派生した(親露派勢力による)マレーシア機撃墜事件や、英国での元スパイ毒殺未遂事件などの“敗戦処理”という損な役回りを負わされた」と同氏は指摘している。