失望と転換

こんなところで論文を書いて出世しても……という気持ちにならないほうが、おかしくないだろうか。21世紀になってもこれなら、私の生きているうちにはもう変わらないのではないかと失望した。謝罪があるとしても、また100年待たねばならないのか。

アカデミズムの世界で生きていこうという気はどんどんなくなっていった。どこでも浮いてしまった私だが、ここも私にはちょっと無理なのかもしれないな、と暗い気持ちが募った。

博士号を取って、フランスのニューロスピンで研究員になったはいいけれど、ポスドク(ポストドクトラルフェロー、日本語では、博士研究員)というのは任期が切れたら、次の就職先を考えないといけない。この先こんなことを何回繰り返せばいいのか、もっと頑張りを評価されてもいいんじゃないかという思いもあった。報酬が安すぎる上に、安定的でもない。

任期が切れるときにフランスでの次の就職先は見つけたけれど、一時帰国した時に今の夫と出会い、もう頑張らなくていいや、特に仕事にこだわらなければ何とか生きてはいけるだろうしなという考えにシフトした。男性原理の中でキャリアアップしなきゃと格闘していたのが馬鹿らしくなったのだ。

それで、日本に戻ってきて結婚した。

パートタイムジョブからテレビの世界へ

ポスドクはパートタイムジョブで、例えばスーパーでレジ打ちするのと変わらないとも思った。

ただ、私たち二人ともそんなに体が頑健なほうではなかったこともあり、もう少し体力的に見合う仕事を、ということで文章を書くようになった。本を出すと、すぐにテレビ番組からオファーがあった。そのままテレビの仕事をつづけ、今に至る。

真面目な話、アカデミズムの資産を一般に還元する仕事は誰かがやらなくてはならない、と思ってはいた。

ほとんどの場合、日本の大学に在籍している研究者は、主として税金を元手に研究活動をしている。一方でその成果は広く知られていないことも多く、実用的な技術として使われているかといえば必ずしもそうではない。

科学技術立国、とずいぶん前に誇らしげにスローガンを掲げていた割には、残念ながら一般の人はウイルスと菌の違いもあまりわかっていないような感じだ。