中国の賃金が20分の1なら、工場の生産性も20倍に高める

【藤本】他方で、日本の貿易財の国内現場は、冷戦終結後の約30年間、厳しいグローバル・コスト競争にも耐えてきました。その間、日本の隣には、当初は日本の賃金の20分の1であった低賃金人口大国、中国が存在していました。20倍の賃金ハンデは、数倍程度の生産性有意では克服できないので、多くの日本の製造企業が、低コストを求めて中国に生産拠点を移しました。が、多くの場合、国内の工場も残していました。

国内の工場は、顧客が満足する製品を作った上で、企業の一部としてコストを低減して利益貢献が必要ですが、同時に、地域の一部として、存続と雇用の安定にも貢献したいと考えます。働いている人の大半が地元の人だから当然です。つまり、日本企業の多くは伝統的に、買手(顧客)良し、売り手(企業)良し、世間(地域)良しの「三方良し」企業です。

そこで、国内に残った優良工場の多くは、会社の大小にかかわらず、グローバル競争で生き残るために生産性向上によるコストダウン努力をあきらめずに続けました。ラインの生産革新によって物的生産性を5年で5倍、2年で3倍といったペースで高め、コスト競争力を高めてきたのです。

自動車生産ラインのロボット
写真=iStock.com/xieyuliang
※写真はイメージです

物的生産性で中国の3倍ぐらいを確保すればコストで負けない

その一方で、中国の賃金が、2005年ごろから急騰しはじめ、5年で2倍のペースで上がりましたから、日中の賃金差は、20倍から、10倍、5倍、そして今は3倍ぐらいにまで縮小しました。そうなれば、物的生産性で中国の3倍ぐらいを確保すればコストで負けなくなるわけです。

こうして、日本の優良なものづくり現場は、生産性だけでなく製品当たりの生産コストでも中国にあまり負けない状況となりました。むろんコスト競争が厳しい状況は続いていますが、この間も、生き残った国内の優良ものづくり現場は、トヨタ生産方式などの流れ改善の組織能力や技術力を高め、新しい事業も導入したりしてきました。

こうして培われた現場の組織能力は、今回のコロナ禍でも生かされた可能性があります。コロナ禍のような災害は、震災や火災といった「見える災害」とは異なり、工場の中の製造設備は壊れないが、工場の外がウイルスで被災している「見えない災害」です。

この場合、工場を外の災害からいかにして守るか、つまり外の災害を中に入れない「防御能力」が大切ですが、この半年の国内工場の動きを見る限り、長年、大災害と大競争という逆境の中で培われた現場の高い組織能力は、こうした「見えない災害」でも生かされたようです。(続く)

(聞き手・構成=安井孝之)
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