一方で、普通の人も含めて日本人には韓国への怨念はくすぶり続けていた。

明確な契機は、日韓共催FIFAワールドカップだ。共催の決定は1996年、2002年に開催された。サッカーファンは、「スポーツナショナリスト」「4年に一度の愛国者」などと自嘲するのが普通だが、日韓共催はその普通の人をも怒らせた。

日本、および韓国
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嫌韓本とチャンネル桜

そもそも日本単独開催で本決まりであったし、実際に開催された際の韓国のマナーの悪さも反感に拍車をかけた。だが受け皿はなく、反韓は明確な勢力にはなっていない。

それでも、単発的な動きは存在した。

例として、韓国生まれの日本学者である著者による、呉善花『私はいかにして「日本信徒」となったか』(PHP研究所、1999年)や、全4巻を数え、32万部の大ベストセラーとなった山野車輪『マンガ 嫌韓流』(晋遊舎、2005年)などが挙げられる。

呉は「PHP文化人」の傾向が強く「保守」とは言い難いが、韓国出身者の韓国批判本を書いたことで、「保守」「ネトウヨ」からも尊敬を受けている。『マンガ 嫌韓流』は一大ブームを起こしたが、山野はプロとしての活動が活発ではなく、「保守」「ネトウヨ」のメインストリームとは言い難い。

朝日新聞が親韓に傾斜するにつれ、「保守」の側で韓国への反感が強まる。そうした潮流が爆発し、受け皿となったのがチャンネル桜である。

水島は韓流ドラマを放送するフジテレビを左翼だとして敵視し、2011年には突然としてフジテレビにデモを仕掛けた。言うまでもなく、フジテレビは「保守」にとっては味方のはずである。だが、「保守」は論理で生きているのではない。情緒で動くのだ。

これでチャンネル桜は支持者を増やしたのだから、商売として成功との評価もできる。

ノイジーマイノリティー、変質した「ネトウヨ」

21世紀になっても「保守」は単なるサイレントマイノリティーだったが、今や平成の「ネトウヨ」はノイジーマイノリティーにまで成長した。そして、かつての昭和の「保守」とは明らかに変質する。

長らく「保守」は、朝日新聞に代表されるマスコミに弾圧されてきた。少なくとも、彼らの被害者意識は強い。そこに民主党政権が外国人参政権、つまり在日韓国人に特権を与えようとしていると感じた。これは「在日特権」と呼ばれる。

結果、「ネトウヨ」の3大標的となったのが、朝日新聞と民主党と韓国である。

一時期、嫌韓本ブームが発生した。「韓国の悪口さえ書けば何でも売れる」という時代である。出版超不況に、「超」がいくつ付くかわからないほどの慢性的な不況と化した出版界は、飛びついた。売れた理由は、コンプレックスに訴えかけたからである。