なぜ父親は最後まで自分たちを苦しめるのか

なぜ、散々迷惑をかけ、最後には家族を捨てていった父親の面倒を、子供だというだけで自分が見なくてはいけないのか。なぜ、親族というだけで、最後の後始末まで自分が引き受けなければならないのか。なぜ、父親は最後まで自分たちを苦しめるのか。

そう思うと、無関係な職員には悪かったが、大声を上げて拒絶するしかなかった。

「じゃあ、仕方ないですね。わかりました」

結局、長時間の押し問答の末、市役所の職員は根負けする形で引き下がった。それ以降、二度と市役所から連絡が来ることはなかった。

「父親は、最終的に周りに誰も頼る人がいなかったみたいなんです。本当に孤独な最期だったと思いますね。狭いアパートで、一人暮らし。女性もいなかった。借金苦の末に自殺。

でも父ならいつかそんな死に方を、するだろうなと思ったんです。そりゃ孤独な死を迎えるよ。そうなるしかない。人を捨てていった人は、そういう結末を迎えるしかないと思うんです」

私には、良太の葛藤が痛いほどに伝わってきた。良太にとって、父親は決して思い出したくない過去の一つだったのだ。良太はその一件があってから、本格的に「家族を切る」決意をした。

普通になるために、全てをなかったことにしたい

良太はいつだって、「普通の家族」に憧れていた。お父さんがいてお母さんがいて、お金に苦労することもなく、いつも笑いあって、仲が良くて、みんなが当たり前のように手に入れている、そんな「普通」の家庭──。だけど自分の家族は、明らかに周りとは違っていた。

だから、「普通になるために」父も、母も全てを消し去りたいと思った。そして、できるならば自分の家族の存在をなかったことにしたい。

それを実行するために、良太はあることをしに居住地の市役所に行った。

それは、自分の戸籍を抜くことだった。もう、二度と父親の件で行政などから連絡が来ないようにするために。

「籍を抜きたいんです」そう告げると市役所の職員の年配の男性は、良太の深刻な表情に何か事情があると察したのか、好意的な態度で手続きをしてくれた。戸籍には、初めて見る父方の祖母の名前があった。

職員は、「人生色々あると思うけど、頑張りなさいね」と言って良太に優しいまなざしを送った。戸籍を抜いても法的な親子関係が切れるわけではない。しかし、籍を抜いた瞬間、良太はどこか晴れ晴れしい気持ちになった。

家族を捨てること、それが新たな自分にとっての出発になる、それが長年の良太の願いだった。