泥酔した母親を警察から引き取った中学生時代

良太には、今でも忘れられない思い出がある。

貧困のため母親の給料だけでは給食費を払えず、何度も、職員室に後から納めに行ったこと。小さい頃に買ってもらったボロボロの自転車を、体が大きくなるまで乗り回していたこと。

自分の家は、なぜ、他の家と違って貧乏でお金がないんだろう──。なんで自分たち家族はこんな思いをしなくてはいけないんだろう。

お父さんさえ、しっかりしていれば──。理不尽な思いが良太の中で募っていった。そんな境遇もあって良太自身、子供の頃から抑うつ症状が現れていた。将来が不安で夜安心して眠れない日々が続いたのだ。

母親も働けど働けど豊かにならない生活に疲れ果てたのか、いつしか酒に溺れるようになっていく。

次第に母親も夜の街に繰り出して、家に帰ってこなくなっていった。良太が中学生ぐらいになると、警察から「母親が道端で寝ていたから引き取りに来て欲しい」という連絡が頻繁に入るようになる。母親はよく、警官に両腕を抱えられ、泥酔していた。そんな母を見るのは何よりも辛く、屈辱的だった。

母親は何とか貧困生活から抜け出そうと良太の反対を押し切って地元でスナックを始めたが、それも立ち行かず借金だけが残った。

良太にとって、ギャンブル中毒の父も、厚顔無恥な母も家族そのものが記憶から消去したい存在だった。自分を苦しめた父も母も、良太は大嫌いだった。

良太は、家族の窮状を受け止めきれず思春期になると自暴自棄になっていく。特攻服を着て、駅前にいるヤンキーの真似事をしたこともあった。

しかし、高校卒業後親元を出て社会人になってからは、真面目に勤めてきたのだった。父の死を知らされたとき、これまでの過去と、様々な交錯する思いが、まるで走馬灯のようにフラッシュバックして、思わず眩暈がした。

市役所の職員は「家族なら当たり前」といったように…

「それで、お父さんのご遺体もそうですが、お父さんのアパートも車もそのままになっています。それをこっちに引き取りにきて欲しいんですよ」

しかし、すぐに市役所の男性の言葉によって、現実に引き戻された。

電話の向こうの市役所の職員は、家族なら当たり前といったように、良太にそう投げかけてくる。

「いやいや、ちょっと待ってください」

ついカッとして、慌ててそう言い返した。

「申し訳ないけど、そっちで『処理』してくださいよ」
「そう言われても……」

相手は、困り果てた様子で、それでも食い下がってくる。

「知らねーよ!!」

怒りで思わず頭に血が上り、罵倒している自分がいた。市役所の職員によると、父親の最後の勤め先はパチンコ店だった。年齢を計算すると享年63になる。父親は一人暮らしで、最後まで借金は絶えず、一緒にいたはずの女性も姿を消していたらしい。