世界は不確実で、人間は気まぐれだ。これを科学的に説明するには、「多数決」と「じゃんけん」を考えるとわかりやすいという。量子力学、数理物理学に加え、「社会物理学」をも専門とする研究者の科学エッセイをお届けしよう――。

※本稿は、全卓樹『銀河の片隅で科学夜話』(朝日出版社)の「数理社会編」の一部を、抜粋・再編集したものです。

じゃんけんする男女の手
写真=PIXTA/TROUT
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理論物理学者が見つけた、多数決の秘められた力

多数意見というものは、どのようにして生まれてくるのだろうか。誰にとってもこれは大きな関心事である。実際身の回りを振り返っても、われわれの時間の大きな割合が、職場や家庭の各人の考えをどう集約していくか、という問題に費やされている。

社会の多数意見の形成の過程に、何か数学的な法則のようなものはないのだろうか。人間は個々には自由意志をもち、予測不可能な決断を行うこともあるが、多数が集まるとき、ちょうど多くの原子が集まって水や塩や金属になるときと同様に、何か簡単な法則が立ち現れるのではないか。そう考えて「世論力学」というものを考案したのが、フランスはパリの理工科大学、エコール・ポリテクニークの理論物理学者、セルジュ・ガラム博士である。

「固定票タイプ」と「浮動票タイプ」

ガラム理論では、賛否の意見をもった個々人がたくさん集まって多数決に参加する状況を想定し、その際すべての個人が2つのタイプのいずれかに属すると考える。定まった意見があって常に賛成または反対の意見を持ち続ける「固定票タイプ」と、他人の意見を絶えず参考勘案して賛成反対を決める「浮動票タイプ」である。

浮動票タイプの個人は、最終的な判断に至るまで自分の意見を何度か変えるが、その度に数人の意見を参考にすると想定される。われわれ自身何かの賛否を決める際、定見があったり強い利害があったりする場合は別にして、新聞やテレビやネット、友人同僚の意見を徴するなどするものだが、通常そんなに熱心に調べて回るわけでもない。通販でものを買う際レヴューを読むにしても2、3ほど見て済ますのが常である。ガラム博士は大胆にも、この「数人の参考意見」を「ランダムに集まった自分も含めた3人による多数決」に従った意見の変更、と見すことにした。