※本稿は、エリック・バーカー『残酷すぎる成功法則 文庫版』(飛鳥新社)の一部を再編集したものです。
ペスト禍の都市では教会の鐘すら鳴らなくなった
「黒死病」——ただならぬ不穏さを感じさせる名前だ。
地震の規模をマグニチュードで表すリヒター・スケールになぞらえ、歴史上の大惨事の規模を表した「フォスター・スケール」なるものがある。そのリストで堂々2位に登場するのが黒死病(腺ペスト)だ。
死者数、物理的破壊、精神的苦痛の大きさでそれを上回ったのは、第二次世界大戦のみだと、フォスター・スケールの考案者でカナダの地理学者、ハロルド・D・フォスターは言う。
COVID-19の致死率については意見の分かれるところだが、それでもひと桁台にとどまる。
一方、14世紀に広がったとされる腺ペストでは死亡率が60%に及び、ヨーロッパの人口は3分の2に減った。過去700年の人口増加を考慮し、仮に黒死病が今日大流行したとすれば、じつに19億人が命を落としたことになる。
人口が半減したフィレンツェでは、死者を弔う教会の鐘が鳴りやまなくなり、やがて人びとの士気に響くという理由で鳴らされなくなった。
当時の人びとは、疫病の原因がペスト菌だと知るよしもなく、それどころか、細菌の存在さえ知らなかった。もっぱら超自然的な説明がまかり通り、ある者は神の怒りのせいだと信じ、またある者は吸血鬼の仕業だと言った。
パリの医学界は、「1345年3月20日午後に起きた土星、火星、木星の合」(太陽と惑星が地球から見て同じ方向にくること)が黒死病の原因だという声明を出した。
不可解で説明できないものを防ごうと、気力を奮い立たせるにはどうすればいいのか。人びとには、ただ祈るしか術がないようだった。そんななか、1つの都市が立ちあがった。
その都市は、科学的思考と刷新を取り入れたしなやか(レジリエント)な発想で黒死病に反撃を挑んだのだ。