ロリコン嗜好を犯罪視することはできない

しかし現在ではおそらく、文字作品を「わいせつ物」として立件するのは不可能でしょう。現時点では、映像で性器が映ったら「わいせつ」というルールになっているわけですが、これまた変わったルールです。性器を映さないためにモザイクという処理がされています。このモザイクはアジアには若干ありますが、欧米にはない特殊なルールです。これによってコンドームの装着がきちんと描かれないといった問題点もあり、性器が見えるかどうかに議論が集中することはおかしいと私は考えます。

児童ポルノについては、そこに子どもが映っていたら明確な犯罪です。被害者が存在するわけですから。しかしその意味で逆に、いわゆるロリコン漫画は犯罪にはできません。オタクとかロリコン層をわざわざ礼讃する必要はもちろんありませんが、性的嗜好自体を犯罪視することは、決してやってはならず、犯罪が起きた時点で処罰すべきことです。小児性愛という欲望自体を処罰の対象とするのではなく、実写でないものに留めている限り犯罪にすべきではないと私は考えます。行為に及んだときに犯罪とするということを守らないと、人のファンタジーまで犯罪にすることになるからです。

公共での性的表現はどの程度許される?

2002年に成人向け漫画がわいせつ物にあたるとして訴えられ、有罪となった「松文館裁判」がありますが、この場合は漫画が「写実的」であることが問題とされました。写真と同じ扱いにされたわけです。ただ写真ではない二次元のものを犯罪にするのはかなり難しいはずです。なぜなら、被写体となる被害者が存在せず、保護法益(その罰則によって守られるもの)が「公序良俗(公共の秩序善良の風俗)」しかないからです。保護法益が公序良俗しかないのなら、基本的には発行そのものを禁止するのではなく、ゾーニングによって見たくない人が見ずにすむように、棲み分けをはかるべきだと考えます。

棲み分けるとなると、発信を禁止しない代わりに、公共の空間での性的情報は、発信する自由よりも、不快だと思う人の感覚を優先すべきだということになります。したがってさまざまな人の目にとまる電車の中で、雑誌広告に水着の写真を使うのはやめるべきでしょう。

いいかえればこれは日本の公共空間における性の露出を、どの程度許すのかという問題になります。駅の売店で売っているスポーツ新聞や週刊誌の性表現は、そうした観点から見たときに、明らかに度が過ぎるといわざるをえません。働く女性が増え通勤の場での女性のプレゼンスが高まったことも踏まえ、公共空間のルールや均衡点を変えていく必要があります。おじさんたちばかりの空間だったから許されたものが、「環境型セクハラ」と呼ばれるようになるのです。