社会人になれば、時には相手にとって不都合なことを伝えねばならないこともある。そうした場合、こちらの要望を伝えるには、時間を割いて相手の主張を傾聴することがとても大切なプロセスといえるだろう。

聞き手をくぎ付けにするスピーカーの視線

メルケル首相のこのスピーチは、1台のカメラで収録された。1台のカメラに向かって語ることで、彼女の視線は一点に定まり、視聴者は疑似的にメルケル首相に見つめられている状態になる。さらに口調は、まるで家族に語りかけるような優しいもので、声のトーンも非常に落ち着いていた。

これらの相乗効果により、家庭のリビングで見ている人から、医療現場にて端末で見ている人まで、当事者意識をもたらすことに貢献した。

同じような例に、英国のエリザベス女王のメッセージがある。こちらはウインザー城のホワイトドローイングルームという部屋で撮影された。温かみのあるインテリアに囲まれ、心を和らげる緑の装い、そして、メルケル首相同様にカメラ1台に向かって国民の安寧を祈り、途中、医療現場の人々の映像も交え、緊迫の中にも一人ひとりに語りかけているように振る舞った。女王らしい慈悲に満ちた演出といえるだろう。

私たちはさまざまなシーンで、スピーチや発言を聴く機会がある。その中で時々、「自分の話を聞かせてやる」といった姿勢のスピーカーはいないだろうか? そうした人に一つ覚えてもらいたいことがある。

それは、スピーカーの話す時間も、聴衆が聞く時間も、同じ15分なり、90分であるということだ。つまり、同じ時間でも、沈黙で聞くほうは長く感じる。すなわち、「聴かせる努力」が求められるのだ。

共感を得る「エピソード」と「ストーリー」

ここで、幾つかテクニックを紹介しよう。

まず説得力を増すには、聴覚的要素を活かすのが効果的だ。腹式呼吸で発声した声はマイクに乗りやすく安定する。次に、常に自分の身近な人に語りかけるイメージをすることで、緊張が解きほぐれ、書き言葉でなく、わかりやすく話しかけるような調子になる。シンプルな方法だが、親近感や温かみをもたらす効果は大きい。

また、メルケル首相もエリザベス女王も、仕事に行けない人々、学校に行けない子供たちと視聴している層を具体的に挙げている。

特にメルケル首相は、奮闘する医療従事者だけではなく、スーパーのレジ係や商品棚の補充担当者などにも感謝を述べることで、国民はより一層身近に感じた。私たちも具体的なエピソードやストーリーを盛り込むことで、聞き手の共感を得られるようになる。