2010年の6月、定時株主総会においてソフトバンク孫正義社長は「新30年ビジョン」を発表した。自ら「人生で一番大切なスピーチ」「現役時代最後の大ボラ」と銘打った約2時間にも及ぶこのスピーチは、今後30年間かけてソフトバンクが進むべき道を示した羅針盤である。
この「30年ビジョン」のために約1年をかけて社員2万人の大プレゼン大会が催され、さらにツイッターを通じて社外からも多数の声が寄せられた。この膨大な情報をもとに「ビジョン検討委員会」のメンバーはスピーチのドラフトをつくり、それをまとめたのが本書である。
鎌谷賢之氏はソフトバンクに転職してきて約2カ月後、突如このプロジェクトの中心メンバーとなるよう指令を受けた。当初「このプロジェクトをつくる人は大変だ」と密かに同情していた彼は、見事その渦中で奮闘することと相成ったのである。
孫社長とのミーティングは通算100時間を超え、準備にはその10倍の時間がかかった。
「『30年ビジョン』といっていますが、ポイントは『300年続くための最初の30年』です。孫社長の頭の中には、自分がいなくなった後も300年成長し続ける企業をつくりたいという思いがある。そのためにソフトバンクはどのような会社として社会にあるべきなのか、企業としての理念、ビジョン、戦略を徹底的に議論検討しました」
なかでも大切なのはビジョンと戦略だと鎌谷氏はいう。
「戦略を練るとき、人はどの分野で戦うかを考えます。ソフトバンクにとって戦場は情報産業。スポーツやエンターテインメントに関わるとしても、ITを通じてのものでなければなりません」
鎌谷氏は朝から晩まで組織づくりとその前例を日本史に求め研究に明け暮れた。あるとき織田信長の勢力分布をグラフにして社長にプレゼンした。縦軸に信長の領土面積、横軸に年代をとった前代未聞のグラフを完成させて得意げになった彼は孫社長から鋭い指摘を受けた。信長が「天下布武」の印鑑を使い始めてから領土面積の拡張スピードが急激にあがっているというのだ。
「やっぱりビジョンが大事なんだ。わかったか」と(笑)
結果として社員2万人を巻き込んでの一大イベントとなったこの「30年ビジョン」だが、創業30年の節目に社員一丸となって自分たちの会社の存在意義を考えられたのはとても有意義だったと鎌谷氏は振り返る。
「『孫正義』のソフトバンクではない『我々』のソフトバンク。それをみんなで再確認できました」