「3カ月以上経ってるから相続放棄はできない」と言われたが…
叔母花子さんは亡父より5カ月ほど早く、昨年10月後半に亡くなっていた。ただし、一郎さんがその事実を知ったのは、今年初めに送られてきた喪中葉書によってである。そもそも、叔母には二人の子どもがおり、相続人はその子ら(第一順位)のはずで、その場合には兄弟姉妹(第三順位)である亡父に遺産の相続権はない。
一郎さんは事実確認のため、従兄弟である叔母の長男に連絡した。すると、彼ら叔母の子は二人とも昨年末に相続放棄していることがわかった。他に、叔母の相続人になれる彼女の夫(配偶者)も彼女の両親(第二順位)も、すでに他界していたため、その時点で生存していた一郎さんの亡父が相続人となったのである。一言、相続放棄の連絡をくれれば、一郎さんも亡父に相続放棄させられたのにと思ったが、今さら悔やんでも仕方がない。
凸凹金融の担当者は、「お父さんが亡くなってから、3カ月以上経ってますから、あなたはもう相続放棄できませんよ」と言われ、しかも払わなければ裁判を起こすと言われて、一郎さんは困ってしまった。
ところが、その話を会社の上司にすると、「内容証明がきたのは先月だろう。そのとき初めて債務相続のことを知ったんだから、今からでも相続放棄すればいいよ」と教えてくれたのだ。
一郎さんは急いで必要書類を揃え、内容証明が届いた翌月、家庭裁判所に、亡父太郎さんの遺産の相続放棄を申し立て、裁判所に受理されたのである。
この場合は「内容証明が届いたとき」が起算点
【問題点】
亡くなった人(被相続人)の相続人は、その遺産を受け取るか(相続の承認という)、放棄するか、自由に選べる。ただし、相続開始を知ったときから3カ月以内に、決めなければならない(民法九一五条)。この期間を熟慮期間といい、何も表明しないと相続を承認したことになる。
相続を承認した相続人は、被相続人に借金(債務)があれば、その債務も引き継ぐ(返済義務を負う)。
しかし、相続人が熟慮期間中に承認も放棄も決めずに亡くなることもある。この場合、その相続(再転相続という)の熟慮期間は、「その者(この事例では太郎さん)の相続人(一郎さん)が、自己のために相続の開始があったことを知ったとき」を起算点とすると定めている(民法九一六条)。もっとも、亡父からの相続開始を知ったからといって、亡父が叔母花子さんの相続人になっていることまで知り得るわけではない。再転相続についての一郎さんの熟慮期間の起算点は亡父死亡時ではなく、亡父が叔母の相続人になったことを知ったとき、つまり凸凹金融の内容証明が届いたときである。一郎さんは内容証明到達の翌月に放棄の申立てをしており、相続放棄は有効である。
亡父が親族の債務を相続したことを知らなかった相続人と相続債務の債権者が熟慮期間の起算点を争った事件で、起算点を「親族の債務を相続していると知ったとき」とする判例が出ている(最高裁・令和元年八月九日判決)。