抜歯を嫌がる人を説得するのは難しい。でも、抜くという選択肢を念頭に置けば、早期治療の可能性も広がります。抜歯するほど悪化している歯はいわば「死んだ状態」。死んだ歯を残すのは、遺体と同居するのと似ています。歯科医が「この歯は死んでいます」と言っても「いや、形はあるから残しておきたい」と患者さんは粘る。でも、いくら名残惜しくても、“遺体”は腐っていくだけです。

丸山歯科医院 歯科医師 丸山和弘氏
丸山歯科医院 歯科医師 丸山和弘氏

「どこそこの歯医者さんは、歯を抜くのが好き」という噂が立つことがあるでしょう。たしかに昔は抜きたがる先生もいたようですが、今は数十年前と比べて技術や治療法も進化したので、闇雲に抜く先生はいないと思います。ほとんどの歯科医は「抜きたいから抜く」のではなく、患者さんの歯の状態を見て、体が歯を必要としているのか、それとも歯が死んでいるので必要としていないかを見て、抜くか残すかの判断をしています。決めるのは歯科医の意思ではなくて、患者さんの体の反応です。そこは信用してほしいです。

歯が痛くなってからやっと来る患者さんが多いんですね。「痛みだけでも取って楽にしてくれ」と即効性を求める人がほとんど。でも、強い痛みを伴う際は麻酔が効かないんです。そういうときは、まず噛み合わせを調整して、痛み止めの薬を出します。それでしばらくたって痛みが引いてから、神経を取る治療に入るという流れです。

できれば、ひどくなる前に来てほしいんですが、1度目の痛みや腫れで、歯科に来る人はほとんどいません。来院する方の大多数が、すでに何度か痛みが出た後なんです。実は痛みや腫れには「波」があり、症状がある状態と落ち着いた状態が繰り返しやってきます。皆さんも、疲れると歯がうずいたり浮いたりするご経験があるのでは?抵抗力が落ちると、歯周病菌とのバランスが崩れ、腫れたり痛みが出たりします。

親知らずも同じですが、体調が良くなると「なんだ、大丈夫じゃないか」と安心してしまう。それで平静と痛みを繰り返すうちに、さらに悪化していくわけです。できるだけ早い段階で歯科に行き、しっかり診てもらうことが大事です。早ければ抜歯ではなく治療の余地もありますから。

数年から数十年かけて起こる炎症

歯の根の病気の症状で多いのが、歯と少し離れた部分の歯茎にオデキのようなものができて、膨らんだり、引っ込んだりを繰り返す状態です。私の経験では、このような症状を繰り返している患者さんは、以前に歯の神経を取る治療をした人が多いようです。

神経を取った歯の症状が再発するのは、過去にきちんと治療したつもりでも、取り除けないような入り組んだ箇所に、内部神経の一部が残っていて、それが少しずつ炎症を起こすからです。治療痕に数年から数十年かけてゆっくりと炎症が起き、オデキになります。治療してからすぐわかるものではないので、非常に厄介です。