2つめは「人の言葉を気にしない」。ビニールが水を弾くように、人の言葉が染みこまない。私は“ビニール人間”と呼んでいます。アスリートの周囲には大勢の人がいて、いろいろなことを言ってきます。善かれと思ってするアドバイスも多いわけですが、それらすべてにいちいち耳を傾けていたら身が持ちません。

水泳の北島康介さんは、五輪を目指すジュニア選手の選考で「平泳ぎはムリ」と言われました。平泳ぎは手で掻いて足で蹴るときに一瞬進行が止まります。彼はその時間がかかりすぎていて、データ分析の担当者が「問題外」と断じた。周りは凍りついたわけですけど、当の本人は馬耳東風(笑)。初めて撮影してもらった自分の水中の動きに見入っていたと。そのときに素直に「センスがない」と思ってしまったら、後の4個の金メダルはなかったわけです。

上の立場の人間を活用できる

3つめは「上の立場の人間を活用できる」。監督やコーチからの指示に従うだけではなく、疑問を投げかけるなどして、自分に必要な解を得るための糧とできる。

「いや、自分はこう思います」と普通に言えること。年の差があろうと、輝かしい経歴の先輩であろうと、競技の前では平等で対等だと。実感のこもった意見を言われた監督、コーチも「一理あるな」と、選手に一目置くことになる。選手と指導者は同じほうを向き、勝利を目指すのだから、それでいいんですね。

たとえば柔道の山下泰裕さん。語り草になったロサンゼルス五輪での決勝です。2回戦で右足がまったく使えなくなるような大ケガを負った。佐藤宣践のぶゆきコーチからは「先に倒れてでもいいから、寝技に持ち込め」と言われていた。一方の山下さんは「そんなこと、できるわけない」と思っていた。結果は、開始わずか1分5秒、横四方固めで金メダルです。山下さんは「相手が仕掛けてきた技をすかしたら、彼は自分から倒れていった」と話していますが、監督の指示どおりに無理して寝技に持ち込もうとしたら、勝敗はどうなったかわからなかった。

▼山下泰裕(柔道 無差別級 1984年ロサンゼルス五輪 金メダル)
実はあの試合は何もしていないんです。相手が仕掛けてきた技をすかしたら(はずしたら)、彼は自分から倒れていった。

試合前にコーチから「寝技に持ち込め」と言われていた山下が、決勝戦開始前に微笑むと、敵は面喰らった。「試合前に笑ったのは、生涯を通じてあの1度だけ。笑おうとして笑ったわけでもないんですけど。ただ、あのとき笑った自分を、したたかだったと思う」。無敵の怪童が生涯最大の舞台で見せた幻惑の術は、天性の勝負カンによるものだったのか、それとも歴戦の中で身につけたものだったのか……。