移民排斥で懸念される生産性パズルの深刻化
EU離脱派が重視したことは、経済的な利益よりも政治的な利益の回復にほかならない。晴れてEUから離脱した今、EUからの移民を狙い撃ちすることで、移民政策の自主権を回復したことを大々的にアピールしたい。このタイミングでポイント型ビザ案を公表したジョンソン政権の狙いは、そこにあったのかもしれない。
そうした政治的な利益の回復への評価はともかくとして、経済的な面で懸念されることは、この事実上の移民排斥を通じて英国が抱える生産性パズルの問題が深刻化し、英国の通貨ポンドに構造的な下落圧力がかかることだ。そして持続的なポンド安は、輸入依存度が高い英経済を着実に蝕むと警戒されるのである。
英国の労働生産性は、2008年に生じた世界金融危機をきっかけとして、その伸びが日本を含めた主要先進国の中でも最も低くなってしまった。つまり景気は拡大しているものの、経済を成長させるうえでの効率性の向上が足踏みしているという状況に、現在の英国は苛まれているわけである。この問題を生産性パズルという。
なぜ英国で生産性パズルの問題が深刻化したのか。有力な仮説の1つに、金融業に対する世界的な規制強化の流れが挙げられる。金融業をお家芸としてきた英経済にとって、世界金融危機後に強まった規制強化の動きはまさに逆風であった。なお同様に金融業が強い米国の場合は、IT産業などほかのけん引役があったためこの問題が軽かった。
「コロナ騒動」が英国の内向き化に拍車をかける恐れ
稼ぎ頭であった金融業が低迷する一方で、付加価値をあまり生まない産業、具体的には建設労働や小売販売などといった日々の生活に不可欠な職業に従事していたのが、中東欧を中心とするEUからの出稼ぎ労働者であった。要するに英国の労働者がやりたくない仕事を、彼らよりも低い賃金水準で担っていたのが、出稼ぎ労働者であったわけだ。
しかし出稼ぎ労働者を排除すれば、そうした生活に不可欠な職業に従事する人々がいなくなってしまう。国内で雇用を確保するためには賃金を引き上げる必要があるわけだが、それはコストアップであり悪性インフレ、つまりは労働生産性の低下につながる。その行きつく先は通貨安、つまりポンド相場の下落ということになる。
通例、生産性が伸びないにもかかわらずインフレが加速するような国の通貨は下落するものだ。輸入依存度が高く輸出の景気けん引力が弱い英経済にとって、ポンド安のデメリットは大きい。ポンド安で購買力が低下し、輸入品の値段が上昇する。そのためインフレがさらに加速し、それが消費の、ひいては経済成長の重荷となる。
またタイミングが悪いことに、年明けからは新型コロナウイルス騒動で、アジア系の人々に対する差別が広がり、暴行事件も多発しているようだ。「コロナ騒動」にともなう混乱がヒトモノカネの自由な行き来で経済を成長させてきた英国を一段と内向き化させ、移民の排斥に向けた動きを加速させる可能性がある。