高い賃金の仕事があるほど犯罪に手を染めにくい
ノーベル経済学賞を受賞したベッカーや、その後エーリッヒによって発展した「犯罪の経済学」では、就労機会が重要な役割を果たす。普通に働いた場合と罪を犯す場合を比べ、どちらが得かを考えるからだ。犯罪の場合、うまくいけば収入があるが、捕まる危険もある。
一方、普通に働けば確実な収入が得られる(正確には、[働いたときの賃金から得られる効用]と[犯罪のときの期待効用、つまり、成功する確立と捕まる確率を勘案した報酬や罰則から得られる効用]を比べる)。このため、高い賃金の仕事があるほど、犯罪に手を染めにくくなる。
第一波の難民申請者は、イギリス生まれの市民や2004年以降の移民に比べると、就労機会が限られていた。彼らの特徴は、低い労働力比率(生産年齢人口に対する労働力人口の比率)、高い失業率ならびに低い賃金だ。このため、犯罪からの期待収益が高くなり、高い犯罪率につながったと解釈されている。まじめに働くより、犯罪の方が割に合うわけだ。
一方、2004年以降の移民は、市民よりも高い雇用率を示すなど、経済的基盤がしっかりしていたため、犯罪の増加に寄与しなかったと考えられる。いずれにしても、移民と窃盗犯罪の関係は、ベッカー=エーリッヒ型の犯罪モデルによってうまく説明できる。
移民と犯罪の関係性は弱い
みなさんのなかには、イギリスの研究だけで、移民が犯罪とは無関係であると判断するのは性急だと思われる方もいるだろう。一口に移民といっても、EU圏内からイギリスに来た移民とアメリカにおけるヒスパニック系移民では、その性質が異なる。実際、財政貢献に関する研究では、イギリスの移民とアメリカの移民では、その影響が違っていた。
しかし、犯罪に関する限り、大方の研究は、イギリスの研究と同様な見解を支持している。1994年から2014年までに出版された51の研究を分析したウイリアム・メリー大学のオーズィーとカリフォルニア大学アーバイン校のキュブリンは、論文によっていろいろな結果があるものの、全体として見ると移民と犯罪の関係性は弱いとする(注2) 。
アメリカにおける移民と犯罪率について考察した51の研究のうち、62%についてはその関係が認められないという結果だった。また、関係が認められる場合にも、ほとんどの研究において、移民は低い犯罪率と関係していた。
地域を活性化し、空き家率を下げるというメリット
さらに、すべての研究結果を合わせて統計的に検証したところ(メタ分析という)、移民が多く住む場所ほど、犯罪率が低くなっていた。この結果は、移民の種類(人種の違いや最近の移民か昔からいる移民かの違い)によっても変わらない。また、技術的なことだが、クロスセクション分析(ある年度におけるいろいろな地域のデータを分析)では、犯罪率と関係が認められない一方で、パネルデータ分析(何年にもわたるいろいろな地域のデータを分析)では、低い犯罪率と関係していた。
注2:Ousey, G.C. and C.E. Kubrin, 2018, Immigration and Crime: Assessing a Contentious Issue, Annual Review of Criminology 1, 63-84.