なんで以前のようなディフェンスができなかったんだ

そんなときに試みたのは、これまで嫌だと絶対にやることがなかった、自分の負けた試合の映像を見直すことだった。その中で気が付いたのは、08年は攻めにいって負けていること。さらに「なんで以前のようなディフェンスができなかったんだ」と考えると、結論はそれだけの体力がなくなっている、ということにいきついた。五輪出場権獲得レースが始まってからは海外遠征も多くなり、基礎体力の貯金を使い果たしていたのだ。

井上康生●シドニー五輪で金メダリストに輝いたが、イチローの「それはちょっとしたズレ。僕にはスランプはない」という言葉を力強く感じていた。
井上康生●シドニー五輪で金メダリストに輝いたが、イチローの「それはちょっとしたズレ。僕にはスランプはない」という言葉を力強く感じていた。(AFLO=写真)

そこで太田は五輪まで2カ月を切った状況にもかかわらず、3週間剣にも触らず、ひたすら走り込む練習に徹する賭けに出た。「僕の短い人生の中で、本当に死ぬ気で頑張った時間だった」と言う。その後の合宿では、それまで4~5分でヘトヘトになっていたファイティングの練習でも、試合では最長になる9分間を戦っても体力が余るまでになっていた。一時は0%どころかマイナスにまでなっていたメダル獲得の確率も、5%くらいに戻ったと感じたと笑う。それを太田は本番では、1戦ごとに20%、30%と上げていって銀メダルにたどり着いたのだ。

柔道の井上康生は不調のときでも、スランプという言葉を使いたくなかったという。競技者にとってスランプという言葉は自分の不安を納得させる言葉であり便利な言葉かもしれない。だがそう考えてしまえば逃避になる。不調の原因を冷静に見つめて分析し、その対処法を探して解決する。そういう能力はトップ選手なら、誰でも持っているはずだ。

(写真=時事通信フォト、AFLO)
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