運び込まれた50代引きこもり女性の遺体
ここでは、ある女性の死についてとりあげてみたい。彼女は10年以上ひきこもりに近い生活を送っていた。人間関係に悩み、40歳の頃に仕事を辞めた。それから間もなくして離婚し、以降は近所に住む80代の両親の援助を受けながら、アパートにひきこもってほとんど外には出ていない。深夜にコンビニに買い物に行く以外、彼女が姿を見せることはなかったという。ある日、食事を持って訪ねた母親が部屋で倒れている娘を発見したが、すでに息絶えていた。死因がわからず、解剖することになった。
女性は54歳だった。運ばれてきた彼女の体にメスを入れ、腹を開けるとすぐ、表面がゴツゴツした肝臓に目が留まった。彼女は、「肝硬変」だった。
肝硬変とは、肝臓病のひとつだ。慢性的な肝機能障害が起きて、肝細胞の死滅、減少が進むと、線維化する。線維化とは、損傷部修復のために増生した線維組織が広がった状態のことで、それによって肝臓は硬くなっていく。肝臓が硬くなると肝機能が著しく低下するため、「肝臓病の末期」ともいわれる状態だ。
ただ、肝臓は「沈黙の臓器」と呼ばれ、痛みを感じる神経がない。つまり、自覚症状のないまま、病気が進行しやすい臓器でもある。解剖に立ち会っていた警察官に、女性が病院に通っていたかどうかを尋ねると、やはり通院歴は見つからなかったという。
ひとり暮らしの過剰飲酒と死の因果関係
硬くなりすぎた肝臓は、時に血液が入り込めないほどになることもある。そうなると、行き場をなくした血液が食道粘膜の下を流れる静脈血管に逆流してしまう。次第に食道の血管がパンパンになり、破裂する可能性が高まるのだ。消化管の出血は、そのまま死因につながることが多い。彼女の胃にも出血の痕が残っていて、胃から腸の中には血液が溜まっていた。直接死因は、「消化管出血」だった。
法医学の現場では、消化管出血で死亡した人に出会うことは少なくない。ただし、私の経験上、その多くは男性だった。この女性もそうした男性と同じく、あるものに依存していたのではないか――。
“あるもの”とは、アルコールだ。消化管出血を見つけると、その人がお酒を飲む人だったかどうかを担当の警察官に聞く。たいていの場合、彼らが見つかった部屋にはお酒の空き瓶や空き缶がいくつも残っている。家の中にはほかに食べ物がない、というケースも珍しくはない。ひとり暮らしの心の隙間を酒で埋めているうちに、飲酒量が増え続け、肝臓を悪くするのだ。
聞けば、この女性もまた、相当な酒飲みだったという。実際に部屋をのぞいたわけではないため、その「相当」がどの程度のことを言っているかはわからない。しかし、彼女の部屋にもまた、焼酎やウイスキーなど、アルコール度数の高いお酒の瓶が複数転がっていたそうだ。