人間と動物を分けた「言語」

「言葉の発明が人間と動物を分けたのです。言葉には、見えないものを見せたり、過去のものを現在に持ってきたり、逆に未来のことを現在に持ってきたり……時間と空間を超える力があります。言葉によって人は他人とのつながりを拡張し、他の動物が成し得ない空間をつくり出した。それが人間と動物の決定的に違う部分だと捉えています」

京大の山極寿一総長。(時事通信フォト=写真)

「他者とつながる」という特性は、人間の脳の変化にも大きな影響を与えたと山極は考える。

「霊長類の脳が大きくなったのは、社会的複雑さに対応するためです。付き合う仲間の数を増やせば、社会的な複雑さは増しますよね。一般的な霊長類では、せいぜい10頭から20頭の規模ですが、人間はそれを150人にまで拡大しました。その間に人間の脳はゴリラの脳の倍になりました」

情報テクノロジーの存在は、その変化を加速させている。人間の交友関係の限界が150人であることは「ダンバー数」と呼ばれるが、ソーシャルメディアはそのダンバー数を乗り越えようとするツールだ。山極はこうも言う。

「時間や空間を超える力をもつ言葉の登場で、わたしたちの人間関係は身体のつながりから離れていってしまった」と。

「身体と脳の分離が始まっています」

「情報革命は、人間の身体を取り残し、脳だけでつながる状態を可能にしました。脳の知能を司る部分は情報を処理するものですから、あらゆるものを情報としてみなしてしまう。それを拡大したものが、AIですよね。情報にならないものを五感で感じる脳の部分を軽視して、情報になるものだけを集めて分析機能を高めたのがAIだと捉えています」
「21世紀に入り、人間は五感により身体で共鳴する感性と、情報を扱う脳が分かれてしまった。もともとその2つは切り離すことができないものとして人間は機能させていたんです。でも今、身体と脳の分離が始まっています」

だから山極は、「身体的なつながりを回復せよ」と提言する。

「脳でつながる人間の数を増やせば増やすほど、身体のつながりが失われ、人間は孤独になると思うんです。時間と空間を同時に感じさせるつながりが重要です」

「記憶」と「思考」の外部化

人間の変化を考える上で「外部化」も欠かせないキーワードのひとつだ。山極は、言葉による記憶の外部化が起きていると指摘する。

「言葉は頭のなかの記憶を外に出す機能があります。言葉は腐らないし、重さがないからポータブルで便利なコミュニケーション・ツールです。それ故、それまで記憶を全て頭のなかに貯めてきた人間の脳は大きくなるのを止めてしまった」