映画館やレンタルショップがない町に生まれた映画
東京で生まれ育ち、大手IT企業や出版社に勤めていた私は2018年2月、この作品を世に出すために仕事を退職し、長島の地域おこし協力隊として映画づくりの世界に飛び込んだ。
「長島を舞台にした映画を作りたい」――。2017年、国の地方人材支援制度で総務省から期限付きで長島町に赴任した井上貴至副町長(当時)が思いを伝えると、町の職員は「映画? どうやって作るんですか?」と、そう答えたそうだ。
無理もない。長島には映画館はおろか、レンタルビデオ店すらないから、町民に映画のなじみがない。
それでも井上氏は、部下をはじめあまりにピンときていない周囲への説得を続けた。彼を突き動かしたのは、岐阜県恵那市や北海道剣淵町が舞台として描かれた地域映画があること、地域の美しさや豊かさを伝え、シビックプライド(市民としての誇り)を高めるような映画と長島町との可能性を信じる熱い思いだった。
その熱が伝播していくと、映画づくりのイメージが沸かない人たちのまなざしにも変化の色が見え始めた。「町が一体となる映画を作る」、その思いが周囲の人々へ届き始めると、川添健町長は、映画制作に向けての企画書を国に提出。町おこし事業として認められ、地方創生推進交付金補助の内定が決まった。
映画制作を長島町の総合戦略に位置付け、いよいよ映画制作に本格的に着手をする日が訪れた。
食料もエネルギーも完全に島内でまかなえる
鹿児島県最北端に位置する長島は漁業、農業、畜産と一次産業が盛んな町だ。食料自給率、エネルギー自給率はともに100%を超えている。養殖業では、ブリの出荷は単一漁港で日本一の出荷量を誇り、タイ、サバ、シマアジ、アワビ、ワカメなどバラエティはとても豊富だ。毎日のように行われている市場の競りでは、その日の網漁で揚がった魚が陳列されている。
農業もミネラルや鉄分が含まれた見事な赤土が恵みをもたらし、全国クラスの生産量であるジャガイモやサツマイモは、秋から春にかけて収穫の最盛期を迎える。わが家で食べる米を自分で育てているという話もよく耳にする。
たった人口約1万人の島に、一体どれほど日本の食卓は支えられているのだろうか。1974年に黒之瀬戸大橋が完成し、県本土と陸路で往来できるようになったが、長島、伊唐島、諸浦島、獅子島の有人島を含めて23もの島々が連なり、豊かな食材に恵まれ、島々に建つ巨大な風車によってエネルギー自給できる姿を見ていると、まるで一つの大陸のように見えてくる。