渋谷で時間があると、必ずと言っていいくらい立ち寄るのが、宮益坂と平行に走る路地にひっそりと佇む、茶亭「羽當(はとう)」である。コーヒー1杯800円、これが決して高くない……と思えるから不思議だ。
「店を開いて20年になります。売り上げが落ちた時期もありましたが、スタイルを変えずにいることを大切にしてきました」と話すのは店員の寺島和弥さんである。
かつては街それぞれに「羽當」のような行きつけの喫茶店があった。静かにコーヒーを飲みながら、音楽を聴き、物思いにふける。読書もするし、ときには、仕事の打ち合わせに使うこともあった。
海外のカフェチェーンが日本に入ってきたころから喫茶店は停滞していたのだが、最近、復活の兆しを見せている。コーヒーが1杯1000円近くする高級喫茶店も増えてきた。
「高齢者が増える中で、落ち着いた年齢層の方に、くつろぎの空間を提供したい」と話すのは「椿屋珈琲店」というブランドで、喫茶店を展開する東和フードサービスである。大正ロマンをイメージした店内は、セルフサービスのカフェに抵抗がある世代──主婦層や団塊世代を意識しているとか。
1997年に1号店がオープンしたというから、ちょうどカフェが日本に上陸してきたころである。現在6店舗あり「面影屋」という別ブランドの喫茶店も展開するなど、確実にファンを増やしている。
昼下がりの「羽當」で、一人コーヒーを飲んでいると、「私、タバコ吸っても大丈夫ですか」と後ろの席の茶髪の女の子が声をかけてきた。こういう見ず知らずの人の心配りに出合うと800円は安いと思ってしまう。いつもはタバコを毛嫌いしているのに、「どうぞ」とやさしく返事をした。