自虐ネタで見せた爽やかな笑顔
「マイ・ニックネーム・イズ・じぃ」
初めてお会いしたとき、陛下は親しみのある笑顔でそう自己紹介されました。そして「じぃと呼んでもいいですよ」と英語で言われたのです。学習院では先生も生徒も、皇族の方を「宮さま」とお呼びします。「じぃ」は秘密のあだ名で、親しげにそう呼ぶ人はたしかにいました。しかし私は遠慮して、みんなと同じように「宮さま」とお呼びしました。
陛下から「じぃ」の由来をうかがったのは数年後のことです。陛下が中等科時代に校内の植木や盆栽を見て「なかなか、いい枝ぶりですな」と言われ、お友だちのひとりが「お年寄りみたいですね。これからは、宮さまを『じぃ』とお呼びしましょう」と言ったのがきっかけだそうです。
冗談がお好きな陛下は、きっとご隠居さんみたいな口調で、植木の枝ぶりを褒めたのでしょう。陛下は、いわゆる自虐ネタの冗談がお嫌いではありません。中等科を卒業するときに謝恩会でみなさんと演奏した曲もバッハの「G線上のアリア」。あだ名の「じぃ」にちなんで、陛下ご自身が選曲されたとうかがっています。
そういうお話をされるとき、陛下はとても楽しそうで輝いて見えます。「令和」の文字から私が思い浮かべた爽やかな笑顔です。
陛下と歩いた能登海岸の思い出
天皇陛下は今年5月1日に即位され、午前中に「即位後朝見の儀」がテレビで中継されました。あの日、私の自宅にはテレビ局の取材班が入り、テレビカメラで撮影されながら「即位後朝見の儀」を拝見しました。
松の間に入ってこられた陛下は、燕尾服に白の蝶ネクタイをお召しになっていました。大勲位菊花章頸飾や桐花大綬章を身につけて、天皇の威厳を感じさせる立派なお姿です。中央の壇上に立たれた陛下は、笑みを浮かべて、とても落ち着いたご様子でした。わが家のテレビは85インチなので、陛下のお顔がアップになると、間近で話しているような気持ちになりました。
陛下はおことばのなかで「常に国民を思い、国民に寄り添いながら……」と話されました。私がそのとき思い出したのは、能登の海岸を一緒に歩いた日のことです。
地理研では、夏休みに二泊三日の研修旅行「夏季巡検」があります。私が留学した年は、36人で加賀と能登をまわりました。
昼過ぎに金沢駅に着くと、地元の方たちが出迎えに集まっていました。女性、女子高生の姿が目立ちます。翌日の新聞には、約1000人が集まったと報じられました。
私がお出迎えの多さにびっくりしていると、陛下はその方たちに笑顔で手を挙げ、バスに乗り込んでいかれました。中等科からの友人たちも、当然のように陛下の後につづきます。みんなの慣れた様子にも驚きました。