気持ちはいつもピリピリで、毎日コツコツ貯金する感覚

スケジュールを組むといっても、調子が良ければどんどん先に進めて、次の週のネームを書くこともあります。明日やる仕事が今日できれば明日は空くことになりますが、明日は明日できちんと仕事をして、できればさらに先に進めて、スケジュールを前に詰めていく。毎日コツコツ時間を貯金している感覚です。

撮影=小野田 陽一

このやり方を身に付けたのは、読み切りに取り組んだことがきっかけでした。僕は『こち亀』の連載以外の読み切りの作品も描きたかった。でも普通にスケジュールに沿って仕事するだけでは、読み切りを描く時間が捻出できません。そこでふだんから仕事を詰めていく習慣が身に付きました。

当時、月刊誌の読み切りは40ページありました。週刊誌の連載は20ページなので、単純計算で連載2本分を先に終わらせれば読み切りを描く時間が生まれます。ただ、実際は最低でも8本分、約2カ月は詰めて読み切りに取り掛かりました。読み切りはキャラクターや絵がどれもちがうし、僕自身、楽しいからついつい描き込んでしまう。だからどうしても連載の何倍もの時間がかかるんです。

連載しながら別に2カ月の時間をつくるとなると、とにかく早い段階から仕事を詰め続けるしかありません。ですから、僕の気持ちの中ではほぼいつもピリピリしながら仕事をしていました。といっても自分でやりたくてやっていること。「大変だ大変だ」というより、「早く読み切りが描きたい」と楽しく詰めている感じです。

読み切りでテストして、『こち亀』に取り込む

実際、読み切りを描くのは楽しかったですね。少年誌の連載では描きにくいことってあるんです。たとえば警察官の銃撃戦とかね。『こち亀』は下町が舞台だから、美女がたくさん出てくるという場面も当初は描けませんでした。一方、読み切りなら普段描きにくいことにも挑戦できる。これが楽しくないはずがないじゃないですか。

たとえるなら、読み切りはリフレッシュ休暇のようなものです。いつもとちがうところで思い切り羽を伸ばして、またホームグラウンドの連載に戻ってくきます。もちろん連載は連載でいいんですよ。海外旅行から日本に帰ってくると、「円が使えるっていいな」「日本語が通じて安心」とホッとするでしょ。あれと一緒です。

月刊の読み切りで新しいことを試して、それを週刊連載にフィードバックすることもあります。あるときイタリアのベニスを舞台にした読み切りを描きました(編集部注:『Mr.clice(ミスタークリス)』)。これが面白かったので、『こち亀』のほうでも両さんと部長2人でベニスに旅行させました。

©秋本治・アトリエびーだま/集英社
東京・下町をはじめ精緻な背景も魅力。上は水の都・ベニスを舞台にした回。イタリア人に扮した両さんがゴンドラに部長を乗せて遊覧した(46巻「ゴンドラのうたの巻」)