オーディオやビデオには効果がなかった

こうして赤ちゃんたちに1カ月過ごしてもらったあと、中国語では区別するけれども英語では区別しない音を、どれだけ聞き分けられるのかというテストをしました。

この聞き分けテストで取り上げられた中国語の音とは、おおよそ日本語の/チ/と/シ/に相当する音です。なお生後半年の頃には、それらの音の聞き分けは、中国語の話される家庭で育つ子どもも英語の話される家庭で育つ子どもも、そこそこできます。しかし、生後12カ月になるまでのあいだに、中国語の家庭で育つ子どもの聞き分け能力はアップし、英語の家庭で育つ子どもの聞き分け能力は落ちていくことがわかっています(※2)。そこに、オーディオやビデオでテコ入れしてみた、というのがこの研究でした。

(※2)Kuhl, P. K., Tsao, F.-M., Liu, H.-M., Zhang,Y., & De Boer, B. 2001 “Language/culture/mind/brain: Progress at the margins between disciplines.” Annals of the New York Academy of Sciences,935(1), 136-174.

結果として、中国語に触れることは特にしなかった④統制条件の子どもたちの聞き分け能力は、既にわかっていたとおり、中国語の家庭で育つ子どもより低くなっていました。そして③お姉さん条件の子どもたちは、中国語の家庭で育つ子どもたちと同程度の敏感さを保ち、①オーディオ条件と②ビデオ条件の子どもたちの反応は、④統制条件のそれと同じでした。つまり、残念ながらオーディオやビデオではほとんど効果がなかったのです。

ビデオやオーディオで効果がなかった理由ですか? おそらくこの研究に参加した赤ちゃんにとって、オーディオやビデオから聞こえてくる音声は、必要性が実感できるどころか、何だかよくわからない音の流れにすぎず、それが自分の生活にどうかかわってくるかもよくわからなかったのではないでしょうか。

なじみのない言葉はただの“雑音”

授業で大学生にこの研究の話をすると、教室がざわつきます。

実際に、自分の外国語学習にオーディオやビデオを使ったりしてきた人も少なくないので、「効果がなかったのか……」とがっかりする人もいれば、「そんなはずないだろう!」と怒る人もいます。

もちろん大人、つまり自分でわかって努力できる人には、オーディオやビデオは良い教材になると思います。ビデオやオーディオに効果がないことを見いだした研究は、あくまで1歳にもならない赤ちゃんを対象にしたものでした。

1歳にもならないとしても、それでももう1歳近くの赤ちゃんです。自分がふだん耳にしている言語のすべてを理解することはできなくても、それはどのようなリズムや抑揚で話され、どのような音でできているのか、また、そこにはどのような単語や文末表現(たとえば「~だよ」「~ているね」などなど)が出てくるのか。そんなことはもうわかってきています。

それに対して外国語の音声は、話すリズムもいつもなじんでいる言語とは違うし、使われている音の種類もなんだかヘンだし、よく知っている文末表現もいっさい出てきません。となれば、赤ちゃんにとってそれは、話しことばではなく、ただの意味不明な雑音でしかないでしょう。