ジョン・ロックやアダム・スミスが教師役

グランドツアーを率いたチューター(家庭教師)の中には、トマス・ホッブズ、ジョン・ロック、アダム・スミス等の超一流の学者をはじめ、劇作家のベン・ジョンソン、詩人のウィリアム・ホワイトなど、そうそうたる面々がいました。彼らは旅行中に青年たちに講義をつけ、監督に当たりました。イギリスの教育史家であるジュエルは、このグランドツアーを「一流の教育と文化が調和したものであった」と表現しています。

ツアーを終えた若者たちは、やがて各国の大使や政府役人等に抜擢されるなど、グランドツアーはその後の彼らのキャリアや躍進に大きく影響していきます。親が子の幸せを願い、生き抜く力と教養を磨かせるための、究極の帝王学の一環といえる旅です。

18世紀になると、イギリスではヨーロッパ大陸旅行がジェントリ(下級地主層)や文筆家、芸術家、建築家、古物収集家等にも広がります。また、ロシアでも同じ頃、多くの貴族の若者が「ヨーロッパ修学旅行」に派遣されました。彼らは軍事、行政機構を西欧化するために必要な専門知識を学び、また名士、教授に面会し、教養も深めました。

バカンス的な「滞在型リゾートライフ」の誕生

もう一つ、現在のハイエンドトラベルの原型となっている旅のスタイルが、この頃にイギリスの上流階級が始めた夏の「滞在型観光」、今でいうリゾートライフです。

こちらはグランドツアーのように数カ所を周遊するのではなく、一カ所に長期滞在するというバカンス的な旅のスタイルです。イギリス南部のバースの温泉地やブライトンの海岸などは、上流社会の夏の社交場として賑わい、滞在中の楽しみも次々に開発されていきます。

バースでは、温泉での療養だけでなく、音楽会、観劇、舞踏会など、正装して出席する行事が毎週のように開かれました。また、テニスやゴルフなど、ルールを決めて楽しむスポーツもここから始まりました。成り上がりやニューリッチたちが一夏をここで過ごすことで伝統的な貴族と接するという、それまでのロンドンの社交界ではあり得なかった機会を得て、社交と洗練を学ぶことができたのも画期的なことでした。

それは階級を超えた結婚や、フォーマルとカジュアルな文化の融合など、新たな社会構造や文化のイノベーションを起こしました。バースという街は、こうした新しい旅と社交スタイルを作り上げただけでなく、これ以降の温泉町のロールモデルともなりました。