中3少年“狂気の部屋”

ある校了日の朝のこと。新聞広告をチェックしていた私の席へ、森下記者が定規を持ってやって来た。何事かと思ったら、自分が担当した記事広告の寸法を測り、口を尖らせて抗議するのだ。

「なんで私の記事が、こっちの記事より7ミリも小さいんですか!」

土師淳君が殺害され、「酒鬼薔薇聖斗」の犯行声明が出されると、森下記者は自ら志願して取材チームに加わった。それからは、ほとんど神戸に居続けて、両親の親族や、代理人の羽柴弁護士へのアプローチを試みたのだ。羽柴さんの事務所に足繁く通い、何度も手紙を送って、両親に会わせてほしいとお願いする。その熱意と「あきらめの悪さ」がやがて、とてつもないスクープに繫がっていく。

森下記者が『週刊文春』に書いた記事の正確さも、アドバンテージになったようだ。逮捕を受けての第一報は、7月10日号の「中3少年“狂気の部屋”」。その中に、少年Aについてこんな証言がある。

〈「記憶力がすごくて、百人一首のテストで百点を取ったことがあった」(同級生)〉

のちに私たちが、母親から聞くことになる正確なエピソードだ。

両親の心を動かした“印税”

ある友人は言葉につまりながらもA少年をかばう。

〈「何か物が無くなったり、事件があると、すぐ疑われる。仲間でイタズラをしていても、全部A君のせいになってしまう。みんな『あのAやったら』と納得してしまう。
A君はそんな時、自分がやっていなくても否定しないんです。でも、その時は悔しがらないのに、少ししてから、すごく寂しそうな顔をする。だから、どこかでウサは晴らしていたんだと思います」〉

この証言も、のちに事実とわかる。彼女の記事には、飛ばしや誇張がなかった。

さらに森下記者は、国内外の少年犯罪に関するさまざまな情報を、羽柴弁護士にもたらす。それが、羽柴さんと両親の気持ちを動かした。

海外では、事件を起こした人物の家族が手記を出版し、その印税を被害者や遺族への賠償に充てるケースがある。その一例として、アメリカで17人の青少年を殺害したジェフリー・ダーマーの父親が『A FATHERʼS STORY』という本を書き、印税を被害者遺族への賠償に充てた事例を克明に調べ上げ、羽柴弁護士に伝えたのだ。

土師淳君の遺族は、損害賠償を求めて少年Aとその両親を提訴していた。「被害者の遺族にさえ公開されない、家裁審判の内容を開示してほしい」という要求が、主たる目的だという。とはいえ、請求額は1億400万円。Aの両親は争わず、請求額はそのまま認められる。

山下彩花さんの遺族とは、8000万円を支払う示談が成立していた。ケガをさせた女児への示談金もある。少年Aの父親は長く勤めた会社を辞め、退職金をすべて差し出したが、それだけではとても足りない。