「カバンの中の財布がない!」
そう気づいたとき、あなたならどうするだろうか。ありうるのは、次のような行動だろう。交番に駆け込むと、警察官に「財布がなくなったときの状況を覚えていますか」と聞かれる。「よくわからない」と答えると、「では遺失物届を出してください」と言われてこれに応じる。キャッシュカードが入っていたので、銀行に電話したらすでに現金が引き出されていた……。
実はこの段階で、お金が戻ってくる可能性は少なくなっている。しかし、少し頭を使っていれば、銀行に全額補償してもらえた可能性もある。どのように行動すればよかったのだろうか。
2006年に施行された「預金者保護法」により、カードの盗難・偽造による被害は、30日以内に届け出れば、金融機関が補償してくれることになった。しかし、補償の範囲が「カードの盗難・偽造」に限定されていることに注意する必要がある。冒頭の例では、警察に「遺失物届」を出している。これは、「私は盗難に遭ったのではなく、紛失した」と警察に申告したということだ。「その後補償してもらおうと銀行に届け出ても、『遺失物届を出していますから、紛失ですね』と補償を蹴られるケースがよくある」(カード盗難問題に詳しい野間啓弁護士)。現金が引き出されても、盗難と扱われるとは限らない。大事なのは、キャッシュカード自体が盗難に遭ったのか、紛失した(そしてその後、誰かが拾って現金を引き出した)のか、だ。
盗難の場合は全額補償、紛失の場合は補償ゼロ、と扱いが違うのは、紛失の場合、カード利用者にも一定の責任があるからだ。しかし、野間弁護士は、現実への適用の難しさを指摘する。
「刑法犯でいう窃盗罪か、占有離脱物横領罪かの違いになるが、これは司法試験の択一試験でも受験生を悩ませる微妙な問題」
「窃盗」とは、他人の占有(物を事実上支配する状態)を侵害して盗むことであり、「占有離脱物横領」とは、占有から離れたものを横領することだ。つまり、そのものが所有者の占有状態にあるか、占有から離れているかが分かれ目になるが、何メール離れたら、あるいは何分間目を離したら「離脱」したとされるのか、基準があるわけではない。「同じ区域に所有者がいて、いつでも取りにいける環境にあれば、占有は続いているという認定になる」(同)。