被害者の女性に寄り添うという大義名分がある以上、否定的な意見は言いにくい。社外に目を向けると、SNS世論では圧倒的な痴漢懲罰支持がある。「皆が賛成しているのだから自分の不安は間違いなのだ」と心に封印をする。内心「この製品はまずいのではないか」「目的外のものに使われるかも」と思う人がいても、それを声に出してディスカッションをすることははばかられる。

「被害者に寄り添わない冷血漢」と評価されることへのためらいが先に立つからである。その結果、自分がここで言わなくても誰かが言ってくれるだろうと、一歩引いて考える人が続出しているのではないだろうか。

製品開発には“意思の客観視”が不可欠

これに加えて、男性が比較的多い職場で女性が主体となって何らかの課題解決に取り組もうとする姿勢を尊重したいという思いも後押ししただろう。女性たちがイニシアチブをとって頑張っていることに、おじさんが口出ししてはいけないと忖度し、その結果「その話題には触れられない」ある種のアンタッチャブルゾーンとなってしまい、傍観者効果が進んだのかもしれない。

しかし、この忖度は製品開発を考えるのならば全く的外れである。社会的課題を解決しようとしている者にとっては、反対意見を含めた多角的な意見を受けて試行錯誤し進めたいと思うのは当然であるし、課題解決を成功させるためには不可欠である。傍観者効果が進むことは、本質である製品開発において不利益しかもたらさない。

ではどうすれば傍観者効果を避けられるのか。まずは、自分たちの意思決定を常に客観視することである。一つの方向からのみの意思決定に陥っていないか、一息ついて俯瞰(ふかん)して考えることが必要である。その上で時々立ち止まり、少数派の意見を掘り出して聞く姿勢を持つことである。

具体的には、会議の中で必ず反対の角度からの意見を考えさせ、発言してもらい討論することを義務付けること、意思決定の前に多角的に物事を判断する訓練を定期的に実施することなど、今までと違うやり方を試し、意識を変えていく必要がある。実はこれらのプロセスは、現在の日本企業が最も苦手とするものである。

異論を含めた多様な考えを開発に役立てるべき

多くの管理職が意思決定のやり方を学んだ昭和と平成の時代では、多様な価値観というものにそもそも重きが置かれなかったし、気を配る必要がなかった。似たようなバックグラウンド、似たような考え方の枠組み(マインドセット)を持っている人々が企業内の多数派で主流だったからである。

企業は似たようなおじさんがたくさんいる集団であり、そこで重視されたのは上層部の方針をいち早く忖度し、理解し、足並みそろえて従うことであった。

しかし、人口減少の中、似ているおじさんたちの集合体では企業は機能しなくなっている。女性や外国人、性的嗜好性の違う人々などを受け入れて多角的に意思決定することが求められる。そのためには時間がかかるが、反対意見や違う意見を見つけ、交換し、検討できる環境を企業内に作る以外方法はない。そのプロセスを経て企業としての意思決定がなされるべきである。

筆者は同社の圧倒的な技術力を用いて、多角的な検討の結果、冤罪被害が生じない何らかの痴漢撃退製品の開発が進むことを心から望んでいる。

高田 朝子(たかだ・あさこ)
法政大学ビジネススクール 教授
モルガン・スタンレー証券会社を経て、サンダーバード国際経営大学院にて国際経営学修士、慶応義塾大学大学院経営管理研究科にて、経営学修士。同博士課程修了、経営学博士。専門は組織行動。著書に『女性マネージャー育成講座』(生産性出版)、『人脈のできる人 人は誰のために「一肌脱ぐ」のか?』(慶應義塾大学出版会)などがある。
(写真=iStock.com)
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