文筆家の岡田育さんは、40歳を前に「39のこと」をやめた。そのひとつが「お酌」だ。岡田さんは「40歳を前に、お酌『される』ことが多い立場になったからこそ、率先してルールを書き換えていこうと考えるようになった」と語る――。
文筆家の岡田育さん。この日のストールには宇宙写真がプリントされていた(撮影=プレジデントオンライン編集部、以下すべて同じ)

新しい「武器」を身につけるより「荷物」を下ろす

40歳は微妙な年頃だ。若手というには後輩が多いし、ベテランというには頼りない。文筆家の岡田育さんは、新著『40歳までにコレをやめる』(サンマーク出版)で、「いつのまにか増えすぎた荷物、ここで下ろさない?」と問いかける。どういうことなのか。

「40歳を前にして、肩の力が抜けたすてきな50代、60代になるにはどうしたらいいのかを考えた。そのために必要なのは、新しい『武器』を身に付けることではなく、背負い込み過ぎた荷物を下ろしていくことだと気付いたんです」

「適応しすぎた」20代後半、眠れなくなった

岡田さんが思い出すのは20代後半、新卒で入った出版社の編集者として多忙な日々を送っていた日々のことだ。仕事は充実していたが、頭の中は「やるべきことをきちんとやらなければ」というプレッシャーでいっぱい。心身の調子を崩し、不眠に悩むようになっていた。心療内科に行くと、「概日リズム睡眠障害」という診断が下りた。

「うつ病寸前の状態でした。体が動いてくれないと訴えたら、医師が『何もできていないのではなくて、〈何もしない、をしている〉と考えてみたら』と声をかけてくれた。とてもしっくりきたんです。アクセルでなくブレーキ、残量0%になる前の充電。ずっと忘れていたことを、取り戻したような感覚でした」

周囲に「適応し過ぎていた」と振り返る20代。でも幼少期にさかのぼれば、決して物分かりがいいタイプの子供ではなかったという。大人に「将来の夢は?」と聞かれても、無邪気に答えられなかった。

「みんな『お花屋さんになりたい』『ケーキ屋さんになりたい』と子供らしく声を張り上げるでしょう。そこで一歩立ち止まって『ケーキは好きだけど、本当にそれだけで職業にできる?』と考え込んでしまう性格でした。周囲からは『ノリが悪い』と思われていたかもしれません。でも、考えることが好きだった。考えないと前に進めないという意味では、不器用なところもありましたね」