今上天皇(明仁)は即位以来、新しい天皇像を打ち出し、実践することに心を砕かれてきた。近現代史研究者の辻田真佐憲氏は「天皇陛下は象徴天皇制の理想的な姿を追求されていた。その試みの結実が“旅”だったのではないか」と解説する――。

※本稿は、辻田真佐憲『天皇のお言葉』(幻冬舎新書)の一部を再編集したものです。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/DianaLynne)

「現代にふさわしい皇室の在り方を求めていきたい」

今上天皇(明仁)は、1989年1月7日に55歳で即位した。これは歴代で2番目になる高齢の皇位継承だった。

今上天皇は、「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」の施行により、2019年4月30日に譲位することになっている。今後呼び名は変わるだろうが、本稿では公開時期にかんがみ今上天皇と記すこととする。

さて、今上天皇は即位以来、新しい天皇像を打ち出し、実践することに心を砕いてきた。2016年8月8日に発表されたビデオメッセージ「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」の内容も、この文脈においてはじめて正確に理解することができる。

その詳細はのちに触れるとして、まずは、1989年8月4日の記者会見をみなければならない。天皇はここで「即位されるにあたり、改めて心に期された点がおありですか」と訊かれてこう明確に答えた。

憲法に定められた天皇の在り方を念頭に置き、天皇の務めを果たしていきたいと思っております。国民の幸福を念じられた昭和天皇を始めとする古くからの天皇のことに思いを致すとともに、現代にふさわしい皇室の在り方を求めていきたいと思っております。

国事行為を淡々とこなして終わりではない

現憲法では、天皇は「日本国の象徴」「日本国民統合の象徴」であり、「国事に関する行為」(国事行為)のみを行なうと規定されている。すでに述べたとおり、国事行為は限定的に列挙されているため、そこに解釈の余地はほとんどない。

それにもかかわらず、天皇はここで「昭和天皇を始めとする古くからの天皇のこと」を参照しつつも、「現代にふさわしい皇室の在り方を求めていきたい」と述べている。これは、国事行為のみ淡々とこなして終わりではないという、天皇の強い意志のあらわれにほかならなかった。

天皇は、この考えを一貫して変えず、即位10年と同20年の記者会見でもほぼ同じ言葉を繰り返した。

即位以来、天皇は日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴であるという憲法の規定に心し、昭和天皇のことを念頭に置きつつ、国と社会の要請や人々の期待にこたえて天皇の務めを果たしてきました。
日本国憲法では、「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」と規定されています。私は、この20年、長い天皇の歴史に思いを致し、国民の上を思い、象徴として望ましい天皇の在り方を求めつつ、今日まで過ごしてきました。