現在でも、若い人を中心に絶大な人気を誇る革命家チェ・ゲバラが、ゲリラ戦について面白い指摘をしている。

「手はじめにゲリラ戦士は、殺されないようにすることを基本任務としなければならない」(『ゲバラ選集1』「ゲリラ戦」青木書店)

ゲリラとは、もともと弱小の戦力で、圧倒的に強大な敵をいかに倒すか、という発想から生まれてきたものだ。このためいくら勇ましいことを言っても、自分たちがやられてしまえば、そこですべては終わりになってしまう。

この点に関して、ゲバラは次のような分析を行っている。

「100人対10人の交戦では、双方に1人ずつ死傷者が出ても、損害は同じではない。敵の損害はいつでも補充できる。それは実働兵力のわずか1%だからだ。ゲリラ隊の損害は、高度に専門家された兵士を失い、しかも実働部隊の10%にあたるので、補充にもっと時間がかかる」

実はこの言葉、実際の歴史的故事を下敷きにしている。劉宋という国に檀道済という将軍がいたのだが、この人物、戦うよりは逃げ回る方が得意だった。そこで歴史書には、

「檀将軍には36の策があるが、そのなかでも逃げることを最上の策だったとしていた」

と書かれてしまったのだ。この記述をヒントにして、後世の人が36種類の謀略を集めたのが、この『三十六計』という本に他ならない。

また、こうした経緯から、日本でも使われる「三十六計、逃げるにしかず」という格言が生まれている。

こうした「逃げの活用」という切り口は、もちろん現代のビジネスにも非常に重要な意味を持っている。たとえば筆者は、さる経営コンサルタントからこんな話を聞いたことがある。

「有名な大手と違って、個人がコンサルタントを続けていく場合は、とにかく重要な条件がある。それは、相手の会社が危ないと思ったらさっさと逃げることだ。『あの人は、あの倒産企業のコンサルタントやっていたそうだ』といった悪評が広まると、もう個人では活動できなくなってしまう。

ただし、誰が見ても危ないという状況で逃げると、それはそれで悪評が立つ。だから、まだ多くの人が気付かない段階で、危ないサインをキャッチして、それが立て直せそうにないと思ったら、さっと手を引くのが重要なのだ」

この話のポイントは、「誰が見ても危ないという状況で逃げると、悪評が立つ」という部分だろう。ゲバラのゲリラ戦略の本にも、こんな指摘があるのだ。

「ゲリラ戦略には、地域住民の全面的な支援が必要である。これが不可欠な条件だ」(前掲書)

逃げるという場合、当然そこには逃げ込む先が想定されている。その拠点で敵をやり過ごし、体力を回復し、次への戦いに備えるわけだ。しかし、もし地域住民に嫌われてしまえば、逃げ込む先が隠しておけなくなり、生活必需品も手に入らなくなってしまう。

ビジネスの場合もそれは同じこと。周囲からの信頼や評価といった要素を失ってしまえば、いくら危険な状況から逃げられたとしても、次なる再チャレンジには挑めない。

いかに大義の旗を失わずに、身を守るのか―これが、逃げることの極意なのだ。