世界的にも異例の決断
相次ぐ大手各社の合従連衡や不採算店舗の閉鎖が象徴するように、百貨店業界は厳しい経営環境に置かれている。そんな業界の中で、シニア層をターゲットにした展開で知られるのが京王百貨店新宿店である。景気低迷の直撃を受けているのは同じだが、2008年7~2月期の売り上げを前年同期比で見ると、全国百貨店の平均がマイナス5.8%であるのに対し、京王はマイナス2.3%に留まる。
シニア向けサービスは多くの業態で取り組まれているにもかかわらず、限られたプレーヤーしか成功していない。その中で京王が健闘しているのはなぜか。A.T.カーニーの後藤治パートナーは次のように分析する。
「客観的に予測できる要因としては、もともとシニアの構成率が高かったこと。そして京王のシニア顧客の購買力に余力があったことが考えられます」
そもそもシニア向けに限らず、あるセグメントに特化して成功することは簡単ではない。専門店は別にして、百貨店やコンビニエンスストアは千客万来型が最も売り上げが安定する。仮に男女半々の来客があった店が女性客に絞り込んで従来の売り上げを維持するには、男性客がなくなるぶん、女性客の購買頻度か客単価を二倍にしなければならないのだ。
とはいえ、全方位型ではオーバーストアの環境下で埋没してしまう。そこで何らかのセグメントに特化する必要に迫られるわけだが、このときに大事なのが「特化したことによって漏れる顧客を極力失わないこと」(後藤氏)である。
「ナチュラルローソンは女性の利用を呼びかけましたが、『ナチュラル』というコンセプトは男性客を遠ざけるものではなかった。だからこそ成功したといわれています」(同前)
京王がうまくいった要因の一つも、もともと若年層が薄かったがゆえに、シニア特化で失う顧客が少なかった点にあるわけだ。その前提条件のもとで、京王は攻略が困難なシニア層への特化を進めていった。
シニア層の攻略が困難な理由として、「シニア向け」と謳った瞬間、シニア層の期待が高まり、それを満足させるのは容易でないことが挙げられる。その点、京王には1日の長がある。
「京王はシニア向けサービスをわかりやすく提示しています。たとえばランドセルの修理サービスがあるのは象徴的。『ものを大切に』というシニアの価値観に応えているのです」(同前)
またシニア向けビジネスの難しさは、高齢者は死を迎えるまでの時間が短いという自然の摂理にもある。次代のシニアを取り込む仕掛けをつくらないと、将来顧客層が薄くなっていくのは必然だ。
「ベーシック系のアパレルを取り揃えたり、健康・美・癒やしをテーマにしたフロアを設置したりして、次にシニアになる層の集客に注力しており、この点においても優れていると思います」(同前)
従業員教育の問題もある。「シニア層への特化」という方針は、率直に言って社員には決して魅力的ではなかったようだが、一方でシニア層にきめ濃やかな対応ができる社員が求められる。「この二律背反を克服するよう、京王は高齢者にも手厚いサービスができるような人材の育成に力を入れている」(同前)。
以上のように、京王がシニア特化に成功したのは自社に合ったセグメントを選択したうえで、顧客の期待値を超えるサービスを具現化したからといえよう。