学校で学んだつもりになっている日本の歴史。だが本当の経緯や因果関係を理解している人は少ない。憲政史家の倉山満氏は「日本の歴史教育には欠陥がある。特に同時代の世界の歴史との比較がなく、わかりにくい。その筆頭が応仁の乱だ」と指摘する――。
日本の歴史教科書にはしばしば、「いちばん大事なこと」が書かれていない――。境内の森で畠山政長と畠山義就の私闘が行われたことで、応仁の乱勃発の地とされる京都市上京区の上御霊神社(写真=PIXTA)

「比較」をしない日本の歴史教育

日本の歴史教育にはいろいろな欠陥がある。たとえば、英仏百年戦争(1339~1453年)が室町時代(1336~1573年)と同時代だと習わない。

当時は世界的に戦乱の時代なのだが、日本はまだマシなほうである。いかに室町人が日本人離れして凶暴だといっても、同時代の宗教戦争のような悲惨な殺し合いはしていない。そういう比較抜きに「戦国時代は動乱の時代でした」とだけ教えられても、じゃあどれくらいたいへんだったのかの物差しもないのでは、比較のしようがない。もちろん、百年戦争よりもマシだから、戦国時代が平和な時代というわけでもないが。

文系の学問は理系と違って、実験によって検証することができない場合が多い。そこで「比較」という手法が行なわれることがある。似たような現象を「比較」することで、何らかの発見を得ようとの試みだ。

ところが、日本の歴史学や歴史教育では「比較」が行なわれることが、まずない。だからこそ、私は『並べて学べば面白すぎる 世界史と日本史』(KADOKAWA)を書いたのだ。

高校生が使う世界史の資料集には、結構な分量の年表がついている。そのなかから、日本の室町時代の出来事を拾って東から並べていくと……。

1368年 明、建国(1351年~紅巾の乱)。
以後、洪武・建文・永楽の三代は粛清と外征の嵐。
1392年 李氏朝鮮、建国。高麗を亡ぼす。
1320年 トゥグルク朝、インドを平定。
1370年 チィムール朝、建国。アジアとヨーロッパを荒らしまわる。
1353年 オスマントルコ帝国、ヨーロッパ侵攻を開始。
1333年 カジミエシュ大王、ポーランドの地位を回復。
1378年 ローマ教会、大分裂。
1415年 エンリケ航海王子の大航海、始まる。

世界でどれほどの動乱が繰り広げられていたのかに唖然とする。

それはさておき、同時代の世界で何が起きていたかを説明しないのは、歴史学の使命を果たしているのであろうか。日本史の専門家なら日本列島、イギリス史の研究者ならブリテン島で起きたことは説明してくれるが、その時代の世界がどのようであったかを説明してくれる学者・教育者が何人いるだろうか。