12月14日は、赤穂浪士討ち入りの日だ。「忠臣蔵」の物語にちなんで、赤穂浪士のファンは“聖地”である泉岳寺に集まってくる。泉岳寺の「赤穂義士記念館」には史実通りの資料だけでなく、後世のフィクションにもとづく「ニセモノ」も展示されている。宗教社会学者の岡本亮輔氏は、「たとえ本物でなくても、ファンにとっての迫真性は損なわれない。『聖地』にはその力がある」と読み解く――。
泉岳寺(東京都港区)にある赤穂浪士の墓所(筆者撮影)

東京のコンテンツ・ツーリズム

映画・アニメ・文学作品などフィクションの舞台となった場所を訪れる、「コンテンツ・ツーリズム」と呼ばれる旅がある。アニメ『らき☆すた』で一躍有名になった埼玉県の鷲宮(わしみや)神社が先駆けとされ、コンテンツ・ツーリズムは地域振興策としても頻繁に用いられるようになった。今では、放映後の聖地巡礼を見込んで映画やアニメを誘致するのは当然の手法になっている。

近年では、『君の名は。』(新海誠監督、2016年)の大ヒットが記憶に新しい。印象的なシーンの舞台となった四谷の須賀神社を訪れた人もいるだろう。しかし、コンテンツ・ツーリズムを持続させるのは難しい。

『君の名は。』で同じく舞台となった岐阜県の飛騨地方には、映画公開からしばらくは若い女性をはじめ多くの観光客がつめかけた。だが、その後は豪雨災害もあり、現在ではブームが去った感があるという。次から次へとコンテンツが生産される現代だからこそ、コンテンツ・ツーリズムは手を出しやすいが、一過性で終わる危険も高い手法なのである。

コンテンツ・ツーリズムは決して新しい現象ではない。とりわけ江戸期以降、東京には無数の物語が蓄積され、それをフックにして古くからコンテンツ・ツーリズムが生み出されてきた。その中でも無類の持続性を誇るのが、年末の風物詩とも言える赤穂浪士と泉岳寺(東京都港区)だ。

移植されてきた“血染めの梅”

泉岳寺にある赤穂浪士墓所は、ほかの檀家のものとは分けられている。本堂に向かって左手に伸びる参道脇には、赤穂浪士にまつわる聖なるものが並ぶ。赤穂浪士たちの主君・浅野内匠頭長矩(あさのたくみのかみ ながのり)が切腹した際に血がしみ込んだという血染めの石と血染めの梅、浪士たちが墓前に供える前に吉良の首をすすいだとされる首洗井戸などだ。

浪士たちの墓は、内蔵助の墓を筆頭に、討ち入り後に預けられた家ごとに区分されている。四六士に加え、周囲の反対で討ち入りには参加しなかったが切腹した萱野三平、事件後行方不明になった寺坂信行を合わせた四八の墓と供養塔がある。

まさに聖域と呼ぶにふさわしい雰囲気が漂うが、最初からこのようだったわけではない。例えば、聖域の入口となる浅野家上屋敷の門や血染めの梅は、明治期にほかから移されてきたものだ。物が最初からあったわけではなく、誰もが知る物語の手触りのある証拠として物が要請されたのだ。赤穂浪士をめぐるコンテンツが増殖拡散することで、長い時間をかけて墓域が聖域へと作り上げられてきたのである。物語のメディア・ミックスや二次創作による人気獲得など、泉岳寺はまさにコンテンツ・ツーリズムの先駆けと言えるのである。