「工場には見方がある。見るべきポイントがある」
さて、何度も何度も工場を見に行っているうちにわかったことがある。
「工場には見方がある。見るべきポイントがある」
わたしの本業は美術評論だ。美術館ばかり見てきた。美術館にもそれなりの見方がある。漫然と絵を見て、付してあるキャプションを眺めることだけが美術鑑賞ではない。
美術館ではポイントを知ったうえで、丹念に絵を見る。絵の背景にある作家の考えや時代の環境を知ったうえで、見る。そうすれば、2時間や3時間などあっという間だ。見方を知れば退屈はしない。工場を見続けているうちに、「美術館と同じように、見るべきポイントを決めればいいんだ」とわかった。
東京ディズニーランド約5個分の広さ
トヨタは28カ国に53の製造事業体を持っているが、今回、わたしが見に行ったのは中国の広州にあるトヨタの自動車工場だ。広汽トヨタ自動車は敷地面積が252万平方メートル。東京ディズニーランド約5個分の広さである。なお、現在、中国の新車市場は2900万台。アメリカの1700万台、日本の500万台と比べても図抜けている。そして、広汽トヨタが設立されたのは04年。国営企業との合弁だ。昨年の販売台数は44万390台で、中国国内でのシェアは1.85%。作っているのはカムリ、レビン(カローラの同型車種)などである。
広汽トヨタがある広州は北京、上海と並ぶ中国3大都市のひとつ。人口は1450万人で東京と同じくらいだ。町の中心部には高層ビルが並び、街路は整備されていて、ゴミは落ちていない。驚いたのは人、車のマナーがいいことだ。スターバックスに入っても大声で話している人はいない。車に乗っていても、クラクションを鳴らしたり、乱暴な運転をする車はまず見かけない。上海、広州、深センといった中国の沿岸地域は圧倒的なスピードで生活レベルが向上している。金持ちになったら、人は争いごとを避けるようになる。
中国人と言えば大声でしゃべったり、道にタンを吐いたりといったイメージは沿岸地域の都市に関する限り、すでに過去のものと言える。そして、商店やカフェの店内でも話し声が聞こえてこない。客同士の会話はあるけれど、店員と客のやり取りがほぼスマホで行われていた。客はメニューを指さし、レジへ行ってスマホをかざすだけ。これはコンビニでもスーパーでも同じこと。IT決済が一般的になり、中国の進んだ都市は静かな町になっている。
さて、広汽トヨタは世界の拠点のなかでも、画期的とされている「製販一体」を掲げ、製造工場と販売本部が同じ敷地、同じ建屋のなかにある。また、10の主要部品メーカーを工場のすぐ隣に招き、物流効率を高めた。
つまり、広汽トヨタは同社が誇るトヨタ生産方式を生産、調達分野だけでなく、流通、販売までを含めて、展開していることになる。