地方分権というなら、地方自治体は甘えるな!

日本政府と地方自治体の役割分担についてもルール(行動基準)が存在する。

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被害を事前に予測し、住民の避難誘導をすることは地方の責任だ。そして国の責任は原則、発生した被害への対応の部分になる。財源を用意して復旧作業を促し、法律の例外を措置し、各省庁の調整がうまくいなかいところを裁定し、民間企業が動きやすい環境を作ることが国の非常災害対策本部の基本的な役割だ。

大雨特別警報が出されてから10日目の先週15日、政府・非常災害対策本部会議において、今回の豪雨災害が激甚災害の指定を受ける「見込み」であることが発表された。激甚災害指定となると、各地方自治体はカネの心配なく復旧作業にあたることができるようになる。各自治体は、国から復旧作業補助金が得られることが固まってから本格的な復旧作業に取り掛かる傾向があり、国の役割は、まずは各自治体の金の心配を取り除くことだ。これまでは各自治体からの被災状況報告を基に、国は激甚災害かどうかを判断していたが、これだと指定の判断が遅くなり各自治体の復旧作業が遅れることになるので、今般国が積極的に被災状況を把握をしながら、早期に激甚災害に指定されるかどうかの「見込み」を発表する運用にした。これこそが、国・日本政府の役割である。

今、批判を受けている赤坂自民亭が開かれた7月5日の段階で、安倍さんは何をすべきだったというのであろうか。こうすべきだった、というもの(行動基準)があり、それを怠ったのであれば当然批判を受けなければならない。5日の段階で、気象庁や河川管理者は、河川の決壊やダムの急激な放流を予測できたのか。仮に予測ができたとしても、そこから決壊を防いだり、ダム容量を拡大したり、河川の護岸整備をすることは不可能である。そうなると、住民避難誘導しか残っておらず、これは繰り返しになるが、各地方自治体である市町村の責任だ。

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今回の被害の全ての責任を国・日本政府に負わせるのであれば、地方分権なんて止めた方がいい。国・日本政府に全責任を負わせる以上、権限も国に全て渡し、地方は国の手足になればいい。しかし、そのような中央集権体制にひずみが生じているということで地方分権が叫ばれたはずだ。住民に最も近い市町村という基礎自治体が、住民への個別具体的なサービスや安全の提供に権限と責任を持つ。ゆえに基礎自治体に権限と財源と人材を委譲していく。これが地方分権であり、そうであれば地方が責任もしっかりと負わなければならない。

被害の大きかった地域の住民避難誘導に問題があったのであれば、それは当該地方自治体の責任である。岡山県倉敷市真備町地区の河川決壊では、河川管理者である岡山県が、法定の河川整備計画も作らず、維持管理を放ったらかしにしていた可能性も指摘されている。広島県福山市駅家町では、山の中腹にあるため池が決壊したが、福山市は、周囲に危険を周知させる防災重点ため池に指定していなかったことも指摘されている。

そして、今回の住民避難誘導のルール(行動基準)で最も問題な箇所は、ダムの急激な放流で肘川が氾濫した愛媛県西予市での災害対応である。ダムの管理者である国は、ルール(行動基準)に基づいて放流や住民への告知をしており問題はないとしているが、ここには大きな問題がある。それは西予市ないしは愛媛県において、このダム放流に関し、ダム管理者を交えた災害対策本部の決定がなされていないことである。

赤坂自民亭への感情的な批判をするだけでは、このような政府・自治体組織の災害対応メカニズム(行動基準)の問題点に気付かず、次の災害にも同じ過ちを犯すリスクが残り、課題解決へは繋がらないのである。この課題に気付くことこそが、問題解決能力である。

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※本稿は、公式メールマガジン《橋下徹の「問題解決の授業」》vol.111(7月17日配信)を一部抜粋し、加筆修正したものです。もっと読みたい方はメールマガジンで! 今号は《【災害多発時代の危機管理〈1〉】西日本豪雨「赤坂自民亭」問題の本質はこれだ!》特集です!

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