「いつか映画はなくなる」から考える

【岩井】ビジネスの世界も、映画の世界も、常に技術革新にさらされていて、置いてきぼりを食らうと仕事がなくなっていくでしょう。かつて映画界では、無声映画がトーキー(発声映画)になったとたんに、無声映画の場面を説明した弁士が職を失いました。そういった歴史があるにもかかわらず、映画関係者はどこかに「映画は変わらない」という幻想を抱いているように見えます。

どう考えるかは個々の自由ですが、私の場合は「いつか映画はなくなる」と考えているほうが楽しいですね。未来永劫、不変なものだと思うと、あまりやる気が起きませんし、きっと誰かがやってくれるだろうと思ってしまいます。いつかなくなるかもしれないと思うと、今のうちにやれることは何か、いろいろな発想が浮かぶのです。

月や太陽を見ても、止まっているように見えるばかりで「動いているな」と思える人はそうそういません。でも、実際は動いているわけで、動いたか止まったかを判断するのは受けとめる人の物差しです。そういった感じ方の違いがイノベーションを生めるかどうかの大きな差になります。いつかなくなると考える人のほうが、明日ではなく今日考えようという思考になるし、何かを生み出そうという気持ちにつながると思うのです。

【高岡】僕が「ネスカフェ」を担当しはじめたときに、インスタントコーヒーはもう終わりと思ったのと一緒ですね(笑)。自分はインスタントコーヒーをもう飲まないと思った。

一方で、映画監督が映画は終わりだ、なくなるかもしれないと考える。そういう発想でいるということですね。それはどんな業界でどんな仕事をしているビジネスパーソンも同じです。イノベーションが必要なければいいと思いますが、どんな業界もイノベーションなくして成長できない時代、そういう発想は不可欠でしょうね。

高岡浩三(たかおか・こうぞう)
ネスレ日本社長兼CEO
1983年、神戸大学卒業後、同社入社。「キットカット」を受験生応援商品として定着させ、2005年にネスレコンフェクショナリー社長に就任。10年より現職。オフィス向けサービス「ネスカフェ アンバサダー」をはじめとした新しいビジネスモデルを次々成功させる。
岩井俊二(いわい・しゅんじ)
映画監督
1995年『Love Letter』で映画監督としてのキャリアをスタート。代表作に『スワロウテイル』『四月物語』『リリイ・シュシュのすべて』。2003年にWEB配信した『花とアリス』はその後劇場公開された。近年は活動を日本国外にも広げる。
(構成=新田匡央 撮影=佐藤新也)
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