マンションの家賃は、年金受給額より1万円高かった

――お父様が引越しをほのめかし始め、「(スーさんの)仕事先まで行くので会えないか」と電話してきたエピソードが冒頭近くに出てきます。不動産屋のロゴの入った袋を持ったお父様は、60平方メートルを超える物件を示します。

毎月の年金受給額より1万円高い家賃のマンションを仮契約してきたんですよ。そんな親っています? 家賃がいくらかってことより、年金より1万円多いってところが、すごくおかしくて。年金の2倍くらいする物件を持って来たら、ばかじゃないのって一蹴できるし、ギリギリだったらこれでどうやって生活するのって詰問できる。それが1万円だけ家賃の方が高いっていう、ナンジャコリャっていうのがちょっと面白かったので、私が家賃を出すことにしました。

それと引き換えに父のことを書くと、その場で許諾を取って。お互いの弱みを握り合いながらの交渉です。

ただまあ、要所要所でちゃんと正直に向き合ってくれたりとか、その辺もうまいんですよ。人を一刀両断で見切るようなことはせず、個の事情を尊重する。すべてが個別案件で、こういう点は誇らしくはありますので、よくできてるなあと思いますね。

聞き手の矢部万紀子さん(左)とジェーン・スーさん(右)(撮影=プレジデントオンライン編集部)

「父親にいい思いをさせたい」は自己保身でもある

――お父様は今年3月で80歳。年齢よりずっと若いように感じます。

いま楽しそうなので、できるだけ楽しくさせてあげたいなって思ってます。1回大きな怪我をしてしまうと、そこからの回復が難しい年齢でもあるので。

母の介護をしていて思ったんですが、自分で食べられてるうちは大丈夫なんですよ。自分で食べられなくなってくると、いろんなものがどんどん弱ってくる。歩く、飲み込む、その2つで健康寿命が成り立っているので、その力をどこまで延ばせるかは、若干、娘の肩にもかかっているかと。そろそろ強制的にジムのようなものに行かせて、こう野犬を追い立てるかのように、後ろから走れーって言ったりしようと考えてます。

まあ、ここから先は、私の自己保身でもあります。最後に父親にいい思いをさせてあげた娘っていう方が、私の最後の記憶としては非常に通りがいいというか、私もつらくないですから。